日本共産党

2004年11月14日(日)「しんぶん赤旗」

四国の旅後、トラック乗り継ぎ新潟へ

ヒッチハイク青年 いま救援リーダー

「タイプでないが、うれしくて」


 日本共産党は新潟県の被災者救援センターを、長岡市、小千谷市、南魚沼市の三カ所で開設。冷え込みが厳しくなった十三日は、長岡市の日本共産党救援センターだけでも二百人を超えるボランティアが活動しました。全国各地からいろいろな人が集まり、力を合わせて被災者救援に当たっています。

 阿曽隆記者


写真
福島県、岩手県の「片づけ隊」ボランティアの人たちと柴田さん(中央)=13日

 広島県からヒッチハイクで新潟県に来た柴田優さん(30)=会社員=もその一人です。ボランティアは八日目。救援センターの「片づけ隊」リーダーです。

 会社を休職し、千四百キロの道のりを歩けるのかどうか、自分を試しにでかけた四国八十八カ所札所めぐりがきっかけでした。そこで新潟県柏崎市からきた僧侶と十日間をともにしました。

野宿中に声かかり

 三十五日間かけて、八十八カ所を回り終えた十月二十三日に、中越地震のニュースを聞きました。新潟の僧侶に電話し、ボランティアが不足していると聞きました。

 「子どもが好きだから、避難所を回って子どもと遊んだり、なにかできるのではないか」

 トラックを乗り継いで新潟県まで来ました。

 「いっしょに長岡の共産党救援センターにいかないか」

 北陸自動車道米山パーキングエリアで野宿していた柴田さんに声をかけたのが、石川県の日本共産党ボランティアの一隊でした。

 ボランティアは初めて。柴田さんは、無償で働く喜びを知ったといいます。

 「家財道具が散乱した家の中を片づけると、ミカンをもらったり、落ち着いたらスキーに遊びにおいで、泊めてあげるよと声をかけられる。そういうのがうれしい」

作業後には即興歌

 時にはお年寄りから手を合わせて感謝されることも。何かしてあげたいという気持ちが募ります。その気持ちをこめて、作業を終えると即興の「五行歌」を書きとめ手渡します。

 「声を聞き 光みちゆく 誰の心も 雲はきえ 笑顔あふれる」

 おっとりとした性格。「先頭に立つタイプじゃない」が、被災地の現場では声をださなければつとまりません。

 「お年寄りから若い人まで、いろいろな人が、いろんな手を必要としています。力仕事もあればお年寄りの話し相手もできる。時間のある人はぜひボランティアにきてほしい」

 日本共産党には、これまであまり関心はありませんでした。

 党の県議や市議が、ボランティアで普通に働いているのが驚きでした。指示していた人が県議さんだと、あとで分かって恐縮したことも。若い人たちがたくさんいるのも驚きでした。

 「救援センターの居心地はいいですよ。共産党と関係なくとも温かく迎えてくれる。広島に帰ってもここでの経験、ボランティアや被災者の話を伝えていきたい」



もどる
「戻る」ボタンが機能しない場合は、ブラウザの機能をご使用ください。

日本共産党ホームへ「しんぶん赤旗」へ


著作権 : 日本共産党中央委員会
151-8586 東京都渋谷区千駄ヶ谷4-26-7 Mail:info@jcp.or.jp