2004年10月2日(土)「しんぶん赤旗」
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台風21号による豪雨で、町内四千二百世帯のうち千三百世帯が床上浸水などの被害に見舞われた三重県海山(みやま)町。逃げる途中で濁流に流されるなどで二人が亡くなりました。災害から二日目の一日、住民は水につかった自宅の畳、家財道具やゴミ、泥をかき出す作業に追われています。
阿曽 隆記者
この日までに、町のボランティアセンターには百人以上が登録。生活復旧作業が始まっています。
![]() ゴミなどあとかたづけに追われる住民=1日、三重県海山町相賀 |
同町相賀の藤村百代さん(80)は、「こんな水は生まれてはじめて。畳を三枚重ねて、その上に二人でのせてもらった。水の上を六人がかりで集会所まで運んでもらいました。三人乗ったら沈むといわれて恐ろしかったよ」と避難の様子を振り返ります。
同地区は銚子川と船津川が合流する三角地帯で、三十日朝、船津川の堤防を越えた水は同地区をすっぽりのみ込みました。水位は高いところで床上二メートルを超え、家ごと全部水につかった平屋の家もありました。
「ここはそんなに雨は降らなかったんです。二十九日の朝、何の前触れもなく突然水がおそってきた。夢を見ているようでした」と振り返るのは、日本共産党の近澤チヅル町議。同町議の自宅も床上浸水一メートルの被害を受けました。自宅の片づけをする間もなく、住民からゴミなどについて相談がどんどん寄せられています。
またもう一人の党町議、岩見雅夫町議も自宅が床上浸水一メートルの被害にあいました。岩見町議は、水害当時、銚子川の様子を見にいって戻ってくる間に、船津川から流れ込んだ水がひざまで寄せていました。避難勧告はありましたが、水は予想を超えるスピードでした。
岩見町議は、近所の人たちに声をかけながら、避難所に向かう八十歳を超える人の手を引きながら避難しました。
同地区栄町の五十歳代の一人暮らしの女性は、「逃げようと思った時にはひざまで水があった。それから五分くらいで腰まであがりました。命からがら知人の家に逃げ込みました」と語ります。
同町は引本湾に面しており、漁業にも被害がでています。
浜口富雄さん(53)は、養殖のシマアジに大きな被害を受けました。大量に流れ込んだ川の濁流の勢いで、四月にいけすにいれた稚魚一万匹ぐらいが死にました。全滅なら五百万円以上の被害といいます。
「全滅の人もおるし、ハマチやタイをやってる人は何千万円の被害でしょう。本当に大変なことになった」と後始末に追われていました。
岩見町議は「地域には一人暮らしの高齢者もいるし、家財道具の片づけ、炊き出しなど、住民と行政のパイプ役になって頑張りたい。また全国のみなさんにはボランティアを呼びかけたい」と語っています。
▽日本共産党三重県委員会=電話059(227)7301=は水害ボランティアをよびかけています。海山町の現地対策本部は近澤チヅル党町議宅=同町相賀437の3。電話0597(32)2537=です。ボランティアの受け付け時間は午前九時〜午後四時。