2004年9月30日(木)「しんぶん赤旗」
![]() 記者会見するアウシェフ前イングー シ大統領(田川実撮影) |
【モスクワ=田川実】ロシア北オセチア共和国の学校人質事件で、犯人グループとの交渉にあたったルスラン・アウシェフ前イングーシ共和国大統領が二十八日、モスクワ市内で記者会見。「もっと交渉を急げば事態は変わっていた」と人質解放に向けたロシア政府の対応の不手際を批判するとともに、事件の背景にあるロシア・チェチェン紛争の平和的解決を求めました。
同氏は一九九三年に共和国大統領に就任。連邦政府への非協力的態度からプーチン政権の圧力が強まり、二〇〇一年十二月に辞任しています。
会見の要旨は次の通りです。
一日に現地に入り、犯人側と携帯電話でやりとりし、二日に校内で直接交渉をした。人質が押し込められた体育館はサウナそのもの。人質を銃で脅し飲食させていないのに犯人らは「自発的な断食ストだ」と言った。
犯人らの要求でロシア語で話したので、外国人がいたかどうかは分からなかった。
相手は、(事件で犯行声明を出した)バサエフの署名入りで、プーチン大統領あての要求書を出してきた。
チェチェンでの戦争停止、ロシア軍撤退、カフカス地方の秩序をロシアと共同で維持―など過去の事件でもあった五項目で、獄中の仲間の釈放要求はなかった。八月末の二旅客機の爆破、モスクワ地下鉄駅の爆破は、仲間の犯行とも言った。
彼らの態度は厳しかったが、交渉を進めるいくつかの案を持っていたようだ。リーダーが「ほかに仲間がいて、助けに来るかもしれない」と話していたから、逃亡も準備していたのだろう。
実際上、人質解放には三日しか時間はなかった。しかし、対策本部は誰が校内に交渉に入るかなどでもめ、一日半を無駄にした。校内に武器を持った民間人を入れたことも問題だ。三日の爆発、銃撃が始まった時点での強行突入はまったく計画になかった。
チェチェンの(独立派)武装勢力内は穏健派が多数で、彼らと対話をすべきだ。やり方はいろいろある。武装勢力すべてを区別なく弾圧すれば過激派を増やすだけ。政治対話なしにチェチェンに平和はこない。戦争よりは「悪い平和」の方がいい。