2004年8月22日(日)「しんぶん赤旗」
母親たちが一致できる要求で団結し、その実現のために力を合わせてきた「母親大会」の半世紀の歴史。埼玉県草加市の独協大学で二十一日に始まった第五十回日本母親大会には、積み重ねられてきた運動と歴史を次の世代へと、母、娘、孫で参加した姿も多数みられました。そのなかの一組・栃木県から参加した伊藤さんは…。
川田博子記者
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「母親たちが手をつなぎ、その願いや要求実現のための運動を絶やさず守ってきた母親運動。母、娘、孫三代で参加して歴史を引き継いでいこうとしている姿に、これまで、あこがれてきました。長男のパートナーが参加してくれ、きょう願いがやっと実現しました」と笑うのは、宇都宮市の伊藤直子さん(52)。未希さん(26)、孫のさつきちゃん(6っ)、めいちゃん(1っ)は母親大会初参加。午前七時半に自宅を出て、電車でやってきました。
直子さんから渡されたチラシを見て「子どもと一緒に参加できるし、おもしろそう」と参加した未希さん。大会一日目の二十一日は、第一分科会「親子であそぼう・トーク」に参加しました。
広い体育館でのびのびとリズムで遊んださつきちゃんは、少しはにかんで「楽しかったよ」と答えてくれました。
直子さんが初めて母親大会に参加したのは大学卒業後の二十三歳の夏、都内で開かれた第二十一回大会です。新日本婦人の会の先輩お母さんに誘われての参加でした。
「これほどたくさん(のべ三万四千人)の女性たちの集まりに参加したのは初めて。分科会で堂々と意見をのべあったり、生きいきとしたお母さんたちの姿にびっくりし、圧倒されました」
以来、その魅力にひかれ、今回で二十七回目の参加に。娘と孫のサポーター役、そして憲法への攻撃が強まるなか「憲法九条を守りぬく」決意を秘めての参加です。新婦人県本部事務局長として、「憲法手帳」を活用しての学習会などをすすめてきました。
「憲法を守り、平和な日本、世界を孫たちへ残すのは私たちの役割です」と話します。
未希さんは「一つのことのために集まったお母さんの多さに、びっくりしました。子育てでのいろんな世代の人の話がきけてよかった」と話していました。