2004年7月29日(木)「しんぶん赤旗」
![]() 報道陣などに囲まれ、万世橋署を出る植村(旧姓岐部)哲也元幹部を乗せた車=28日午後18時13分、東京都千代田区 |
国松孝次警察庁長官(当時)が銃撃され重傷を負った事件で、東京地検は二十八日、殺人未遂容疑で逮捕された小杉敏行元警視庁巡査長(39)と植村(旧姓岐部)哲也オウム真理教元幹部(49)ら三人について、処分保留のまま釈放しました。銃撃の実行役が特定されず、検察は、現時点の証拠では公判維持は困難と判断したもよう。発生から九年余を経て参院選投票日直前に動いた公安警察主導の捜査は結局、破たんしました。ほかに釈放されたのは教団の砂押光朗信者(36)。宗教学者宅に爆発物が仕掛けられた事件に関与したとして爆発物取締罰則違反容疑で逮捕された石川公一元幹部(35)も釈放されました。
警視庁公安部などは、七日に小杉元巡査長ら三人が「氏名不詳者」と共謀、一九九五年三月三十日午前八時半ごろ、東京都荒川区南千住の自宅マンションから出てきた国松長官に四発発砲。三発を腹などに命中させ、重傷を負わせたとして逮捕していました。
公安部は、小杉元巡査長が実行役に貸したとするコートから検出された微物の鑑定結果と、元巡査長の供述などから、教団元幹部らが事件に関与したとしました。植村元幹部が実行役と似た服装をして自転車に乗り、捜査をかく乱、小杉元巡査長は警察官に職務質問された場合、警察手帳を見せて実行役の逃走を助ける役割だったなどとしました。
しかし、植村元幹部らは一貫して容疑を否認。小杉元巡査長の供述も不自然な点が多いうえ、実行役は特定されないまま。「実行役」と名前のあがった公判中の元オウム幹部も、接見した関係者に「なんで自分か」と驚いたといいます。刑事警察の中からも、確実な証拠もないままの不可解な捜査への疑問の声があがっていました。