日本共産党

2004年5月10日(月)「しんぶん赤旗」

華やか 農村歌舞伎を守る

ゆたかな技 伝える熱意


 全国各地に継承されている農村歌舞伎。華やかで楽しい舞台の裏では、演技者や舞台を支える技術者の継承者難など、共通の悩みがあります。こうした困難を克服しながら、継続的に上演を続けている群馬県赤城村の上三原田農村歌舞伎、香川県土庄町(小豆島)の肥土山農村歌舞伎にスポットをあてました。

回り舞台、「後世に残したい」

群馬 赤城村

 群馬県赤城村で庶民の伝統芸能、上三原田(かみみはらだ)の農村歌舞伎が“復活”し、村民あげての上演活動が定期的に行われています。

特殊な舞台機構

 赤城山を背に建つ歌舞伎舞台は一八一九年、赤城村の大工、永井長治郎によって建造され、全国でも類を見ない特殊な機構をもち、国の重要有形民俗文化財に指定されています。間口約九メートル、奥行き約七・二メートルの萱葺寄棟造(かやぶきよせむねづくり)。二重(にじゅう)と呼ぶ約四・五メートル×一・五メートルの小舞台を天井、奈落の両方からせり上げ、おろす「セリヒキ(二重セリ)機構」は日本で唯一、同形式の回り舞台では最古のものとされています。

 左右奥三方の板壁を外側に倒すことによって舞台面が二倍以上に広がる「ガンドウ機構」、奥行きを深く見せるための「遠見(とおみ)機構」も珍しく、「柱立廻(はしらたてまわし)式廻転機構」は平舞台いっぱいの回転部を支える六本の柱を押して回転させます。「百八十人が二交代で屋根裏や奈落などで操作します。舞台の構造や演目内容を熟知していないとできない」と話すのは舞台操作責任者を務める須藤明義さん(65)。「貴重な文化を後世に残したい。役者と一体で観客に喜んでもらえることだけを考えてやっている。大変だけれど、好きだからできる」

 農村歌舞伎は第二次世界大戦後も五―十年おきに上演されていましたが、▽舞台づくりに人手と日数がかかる▽中山間地域で若年層が都市部に通勤し舞台操作の伝承が難しい▽上演に多額の費用がかかる―などを理由に一九七六年以来中断していました。

 国や県などの援助で一九九四年に舞台を大修理。棟りょうを務めた高橋一雄さん(77)は「屋根と柱だけ残して解体、原形のまま使えるものは極力使って修理しました。土台と支柱を合わせるのに苦労した。湿気を防ぐための工夫など先人の知恵には感心しました」と振り返ります。

19年ぶりに操作

 修理をきっかけに歴史的、建築学的に価値ある文化遺産を残し伝えていこうと九五年、舞台操作伝承委員会が発足。翌年には十九年ぶりに試し操作が行われ、以来ほぼ毎年歌舞伎が上演されています。

 赤城村南中学校の生徒も参加。二〇〇二年の公演で「絵本太功記十段目」の「初菊」役を演じた都丸美穂さん(15)は「独特な発音や動きなど難しい面もありましたが、楽しかった。歴史の勉強にもなった。歌舞伎の良さをみんなにもっと広めたい。老人ホームとかで上演できたらいいですね」。昨年同役を演じた妹の満里奈さん(13)も「緊張したけれど思い通りにできた」と語ります。

 群馬県文化財保護指導委員を務める日本共産党の角田喜和赤城村議(四期)は「貴重な文化財として保存・継承するとともに、伝統芸能の楽しさ、すばらしさを多くの人に知ってもらいたい」と話しています。群馬県・酒井宏明記者

近所ぐるみで“楽しく演技”

香川 土庄町

ため池完成祝い

 香川県小豆島土庄町。まわりに田んぼが広がるのどかな風景に溶け込むように、かやぶき屋根の肥土山農村歌舞伎舞台はあります。

 毎年五月、神社のお祭りの奉納として農村歌舞伎が半日にわたり行われます(五月三日)。見物者は段になった芝生に腰を降ろして思い思いに芝居を楽しみます。

 この農村歌舞伎は、およそ三百年前の江戸時代、水不足に悩んでいた村人を見かねた庄屋が私財で作った、ため池の完成を祝って始まったとされます。戦後だけでも約四十の演目が上演されてきました。

 舞台を演じるのは肥土山地域に暮らす人々。約二百五十戸を六つの組に分け毎年回していきます。

 今年の演目のひとつ「新版歌祭文、お染め久松、野崎村」。お染役の三木亜希恵さん(15)は、子ども歌舞伎など今回で四回目。「歌舞伎は大好き。せりふの言い回しなど大変だけど、衣装もきれいでその時代の人になりきれる」。籠(かご)かき役の丸井伸さん(46)は、「緊張しますが演じることは楽しい」。丸井さんの子どもも別の演目で出演です。

 「共通の話題ができていい。練習も楽しくやれました。近所ぐるみでできるのはいいところ」

 しかし毎年演じられる子ども歌舞伎はこの二、三年、当番の組だけでは不足となり全組から演者を探している状況です。肥土山農村歌舞伎保存会の佐々木富雄さんは、「子どもが特に減っている。世話人が頼みに行くのですが断る人もいます。『芝居が好き』という家族の協力で受け継がれています」と話します。

後継者育成に力

 一九九六年には農村歌舞伎後継者育成会が結成されました。三味線や床山、舞台づくり、着付けなど、農村歌舞伎全体にわたって後世にその伝統を残していこうというものです。

 佐伯達也会長は「育成会ができて、その年の出演者が少ないときでもスムーズにでき、歌舞伎に対する関心や自覚が強まった。後継者のさらなる養成が必要」と話します。肥土山地域の小学校では「郷土を見直してもらう」一環として肥土山歌舞伎を勉強しています。現在は総合学習の時間を使っての取り組みですが、「それがとり入れられるはるか以前から」(佐伯会長)取り組まれてきました。

 歌舞伎指導を三十年以上続けているのが山本数雄さん(72)。自らも数十の役をこなしてきました。「歌舞伎は物心ついたときには見てきました。今はビデオにとって、後で感激するんです」

 本番直前に開かれたリハーサルでは、演者と一緒になって細かなしぐさなどをていねいに指導、本番では温かく見守りました。「みんな素直に覚えてくれた。今年もいい芝居をしています」

 育成会の藤原栄二さん(27)は肥土山農村歌舞伎の魅力をこう話します。

 「家族みんなで楽しめるところがいい。演じ手のせりふの言い合いや内容に面白さがある」 香川県・浜崎好人記者


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