2004年4月25日(日)「しんぶん赤旗」
富士山の新たな形成の歴史が明らかになりました。東京大学地震研究所が実施した掘削調査の結果、これまで最古と考えられていた火山のさらに下に、数十万年前に活動した火山のあることがわかりました。
神田康子記者
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富士山のある場所で最初にできた火山は、約十万年以前に活動を終えた小御岳(こみたけ)だとされてきました(図1)。その後、小御岳の南側から新たな火山活動が始まって、標高の高い火山ができました。一万年前まで活動した古富士です。約一万年前から古富士とほぼ同じ場所から新しい火山活動が始まって、現在の富士山(新富士)ができました。
現在の富士山の表面は、新富士ができてからの新しい岩石に覆われていて古い時代のものはほとんどありません。東大地震研の研究グループは、富士山の古い時代の火山活動を調べるため、東側斜面と北側の斜面の計五カ所(図2)を掘削調査しました。
最も深くまで掘削した穴(FJ―3)では、約六百メートルの深さまで掘削しました。この穴の深さ三百メートル以下のところから見つかった岩石の多くが、二酸化ケイ素の含有率が高い安山岩でした。この中には二酸化ケイ素の多い岩石にしばしば含まれる角閃(かくせん)石という鉱物も見つかりました。
新富士や古富士をつくっているのは、二酸化ケイ素の含有率が低い玄武岩です。小御岳では、両者の中間的な性質を持つ岩石が見つかっていました。
研究グループは、小御岳より古い時代に、安山岩質の別の火山があったという結論に達し、先小御岳(せんこみたけ)と呼ぶことにしました。
掘削で得られた岩石の年代を調べた結果、深い部分のものが、古く見積もっても二十万年前程度と推定されました。しかしさらに深いところは掘削できていないことから、先小御岳は少なくとも数十万年前から活動していたと考えられています。
掘削調査を進めてきた金子隆之さん(同研究所火山噴火予知研究推進センター助手)は、「調査で得られた試料をさらに詳しく調べて、先小御岳がどんな火山だったのか、安山岩質の火山の活動の場から、多量の玄武岩を噴出する活動の場にどのように変化してきたのかなどを探っていきたい」と話しています。
掘削調査した五カ所で得られた試料は、共通して半分以上が泥流で占められていました。泥流は、火山からの噴出物が水や雪とともに流れたものです。
富士山の東側に、過去約三万年間に降り積もった火山灰が堆積(たいせき)した地層が地表に露出している地点があります。研究グループは、そこで地表から二百メートルの深さまで掘削しました(FJ―5)。ここで得られた試料は、地表と異なり、すべて泥流で占められていました。
約十万年余り前から二万年前ごろまでは、地球全体の温度が低い寒冷な時期が続いたとされています。金子さんは「寒冷な時期には山頂が氷河に覆われていて、噴火のたびに噴出物が氷河を解かして泥流となり、火山表面に堆積していったのではないか。掘削試料も露出している層と同様に、降下火山灰層だろうと予測していたので意外だった」と話しています。
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マグマ(地下にある溶けた岩石)が地上で冷やされてできる火山岩には、50〜70%程度の二酸化ケイ素が含まれています。二酸化ケイ素が52%以下の火山岩を玄武岩、52〜62%を安山岩、62〜70%をデイサイト、70%以上を流紋(りゅうもん)岩と呼びます。 玄武岩は色が黒っぽく、噴出時の温度が高く、粘性が少なく流れやすいのが特徴です。二酸化ケイ素の割合が高くなるにつれて色が白く、粘性が高く、流れにくくなります。日本の火山の多くは安山岩質です。 |