その歴史的な意義を新聞はこう強調しました。「考えてみるがよい。従来の教育勅語にかわって、人民みずからが教育の指導理念を定めるということが、どんなに大きな革命であるかを」▼焼け野原から新しい国づくりに踏みだした1947年、教育基本法が定められました。天皇やお国のために命を捨てることを最高の徳目とし、あまたの人びとを犠牲にした戦争推進の土台をつくった教育勅語。そこからの大転換は戦後の民主化に息吹を吹き込みました▼めざす教育の目的は「人格の形成」。前文には日本国憲法とともに民主的で文化的な国家をつくり、「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期する」と掲げられました▼その後、自民党政権による改悪はあったものの、教育関係者をはじめ幅広いたたかいによって理念は今も息づいています。その教育基本法に違反すると文科省が認定しました▼研修旅行中だった京都・同志社国際高の生徒が辺野古沖の転覆で死亡した事故をめぐり、同校の学習内容は政治的中立性を定めた基本法に反すると。とても痛ましく、あってはならない痛恨の事故。安全管理の責任が厳しく問われるのは当然です。だからといってそれを口実に国が教育内容に不当に介入するとは▼学校現場を萎縮させると懸念する声はさっそく。憲法の教育の自由、教育基本法の肝は教育への政治介入を許さないことに。そこにあるのは、国家のための人づくり、国民を戦争にかりたてた戦前の反省と教訓です。
2026年5月24日

