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2020年8月8日(土)

2020焦点・論点

新型コロナ感染拡大

小火が山火事になる前に

キングス・カレッジ・ロンドン教授(公衆衛生学) 渋谷健司さんに聞く

 日本における新型コロナウイルス感染拡大の現状とPCR検査拡大の意義について、キングス・カレッジ・ロンドン教授の渋谷健司さんに聞きました。東京・ロンドンでオンラインでインタビューしました。(聞き手 中祖寅一)


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(写真)しぶや けんじ 1966年東京生まれ。東京大学医学部卒。米ハーバード大学公衆衛生学博士号取得。WHO(世界保健機関)コーディネーター、東京大学大学院教授(国際保健政策学)などを歴任。2019年から現職。

 ―大都市でも全国でも新規感染者の最多更新が続きます。政府は「重症者が少なく医療はひっ迫していない」などとしていますが、現状をどのように見ていますか。

 緊急事態宣言を解除してからの感染の再燃は予想されたことです。その中で、最初に感染が拡大するのは活動力の高い若い世代であり、そのため最初は軽症、無症状の感染者が増えると予想されました。

 また現在は、クラスター対策で重症者の選別でPCR検査を絞っていた時期に比べ、軽症者やクラスター(感染者集団)の周りにいる無症状の濃厚接触者に検査適用を拡大しているので、毎日の感染の増減で一喜一憂するのは得策とは言えません。

 しかし、「若者はどうせ重症化しないからいい」という議論には問題があります。最近の知見では重症化することもあり、軽症でも中長期の影響、後遺症が残るという報告が出ています。

 病院、介護・高齢者施設に感染はすでに広がってきています。若い人に広がった感染が、いつ何時、高齢者に広がるかわからず一番怖かったことが起こり始めている。

 ―感染経路を追えない感染者も増えていますね。

 市中感染が広がっていることを示しています。

 これまでは症状が重い人に検査していたので、重症例が報告されるまでのタイムラグ(時間差)は1、2週間でした。今は軽症、無症状の人が報告され、その後重症例が出てくるまでは3、4週間とタイミングが少し伸びています。

 軽症・無症状の人が増えればそれだけ高齢者、病院、介護施設に広がっていく。

 ですから重症者が出て対応していた3~4月の状況に比べて、数の上では今は重症者が少ないかもしれませんが、重症者が増えていくのは時間の問題だと思います。

 もう一つは、検査数が増えれば見つかる感染者が増えますが、陽性率が上がっていますので、検査が感染者の増加に追いついていません。検査数が頭打ちになる中で、これから数が伸びないと言っても、本当に伸びていないのか、検査が頭打ちになって感染者数も増えないのか。私は後者の方が心配です。

 感染拡大はできるだけ早く抑え込むのが原則で、重症者が増えてから対応するのでは、感染爆発が起きた2月、3月のイタリアや欧州のようになるのが一番怖い。山火事に例えると、小火(ぼや)がいつの間にかいたるところで起こり、一気に山全体が火事になることを恐れます。

PCRは高精度、早急に検査網広げ

無症状感染者の発見・保護の推進を

 ―政府は5月に行動制限を解除し「日本モデルが成功した」と安心感を漂わせ、PCR検査・隔離を広げなくてもよかったという雰囲気を広げました。

 しかしそれは逆でした。数が下がってきたときにこそ、次に備えて、早期に再燃の芽を摘むための検査と保護のシステムをつくり、医療体制の整備を進めるべきでした。政府はこれを怠った。

 改めて確認したいのは、感染制御対策のカギは、PCR検査の拡大による無症状感染者の発見と保護だということです。

 初期の頃、無症状感染者は日本だけでなく海外でも重視されていませんでした。特に日本の場合、中心に置かれたクラスター対策では「無症状の人は感染を広げない」とされていました。

 しかし、実際は、40%以上の感染は無症状感染者から起こるとわかってきた。早くは1月末の国際論文やダイヤモンド・プリンセスの事例から無症状者からの感染例が報告され、私もただならぬ疾患だと思っていました。今では、ウイルス排出量は、症状の出る直前がピークと分かっています。

 しかも無症状者は症状も感染の自覚もないので、クラスター対策=集団感染の経路追跡には乗ってこない。そもそも、無症状感染者が多いことは、クラスター対策が有効に機能しない面があるということです。

 PCR検査で無症状感染者の発見、保護をどうやって進めるかが課題になります。

 ―ただ渋谷さんも、やみくもに国民全員に対し検査しろとは言っていませんね。

 もちろん、コストの問題やキャパシティー(能力)の問題がありますし、誰が費用を負担するのかという課題があります。まずは必要性があるところにきちんと検査ができるようにすることです。今はそれさえもできていません。

 医師の判断で、公費で検査をできるようにするのは当たり前だし、医療機関や介護施設、学校など人が接触するところやサービス産業の一部。そういうところは患者、入所者、従業員などに2週間に1回の検査をやる。特に社会的弱者には支援が必要です。

 このウイルスは若い人の致死率が低くても、病院や介護施設に入ったら恐るべき殺人ウイルスになります。政府の分科会は、介護施設などで「感染が1例でも出た場合」などとしていますがケースが出てからでは遅い。

 初期には、「PCR検査を拡大したら陽性者が殺到し医療崩壊が起こる」と専門家会議は言って検査を絞りました。しかし事態は逆で、無症状感染者から院内感染が起き、スタッフも感染して病院を閉鎖した。救急外来がストップし、たらい回しが起こった。その教訓を生かすべきです。

 ―PCR検査の拡大に対しては、日本の医療界の一部や厚生労働省から「抑制論」が流布されています。

 感染していない人を正しく陰性と判断できる確率を特異度と言い、感染者を陽性と判定できる確率を感度と言います。厚労省などはPCR検査の特異度は90%とか99%と言い、感度は70%と言って、多くの検査をやればたくさんの間違いが起こると言っています。

 ここには二つの誤りがある。一つは、PCRが普通の検査とは違う高い精度を持つことを無視した議論だということです。PCRは、微量の遺伝子を増殖させて見るもので基本的に特異度100%と言ってよく、1%の偽陽性(誤って陽性と診断)というのはありえない。

 この間、日本医師会の有識者会議のタスクフォース(特別チーム)の提言のまとめにも参加し議論してきましたが、99・99%以上のほぼ100%に近い特異度と確認されています。検体が人為的ミスで汚染されることはありますが、精度管理で防げます。

 もう一つは検査の目的です。今のPCR検査の目的は臨床診断ではなく、無症状感染者も含め感染を制御し、社会経済活動を維持しようというものです。ここが抜けている。

 この点でいまだに医療関係者は混乱しています。要は、臨床診断上の「陰性者」に対して鼻腔(びくう)・咽頭ぬぐい液や唾液等の検体にウイルスが認められた場合「偽陽性」、臨床診断上の「陽性者」で検体にウイルスが検出されなければ「偽陰性」としています。

 しかし、臨床診断目的の「偽陽性・偽陰性」の考え方は、ウイルスの存在が検出されれば感染の可能性があり、検出されなければ無いという感染制御の目的に当てはまりません。

 そもそも、ウイルス検出の「科学的な精度・正確性・検出限界」の判断のためのゴールドスンダード=最も確かとされる判定基準は、現在の技術ではPCR検査です。

 しかし、そのことと「診断としての臨床的な感度と特異度」とは全く意味が異なります。これが他の検査とPCR検査の異なるところです。

 鼻腔・咽頭ぬぐい液や唾液等の検体にウイルスがいれば、きちんと判定するという点で、感度もほぼ100%と言っても良いでしょう。検体の採取方法や採取のタイミングでウイルスを検出できない場合もあるので、検査を繰り返しやることで、さらに精度は上がります。

 ―検体採取がうまくいかずウイルスがとれずに陰性になることはありますが、これは検査精度そのものではないですね。

 体の中にウイルスがいても唾液に出ないことはある。しかしそれは偽陰性という観点とは違います。基本的に、感染制御目的でのPCR検査に「臨床的感度、特異度」の議論を持ち込むことは意味がないのです。

 臨床医は、検査だけで診断はしません。臨床診断の目的で、症状がある人や感染疑いの高い人に検体検査やCT検査等をして診断精度を高めることは正しいことです。

 しかし、感染制御の目的でPCR検査を用いること、PCR検査がウイルスの検出・秤量(しょうりょう)であるという本質的なことが理解されていなかったために、誤った議論が広がってしまったのです。臨床的に70%の感度だからPCRはだめだ、感度が低いという議論はやめるべきです。

 検査抑制の議論は日本独特のもので私もびっくりしています。もちろん完璧な検査はありません。しかし、安全な社会経済活動のために感染者を見つけ保護するのは国際的には当然のことなのに、医療界と厚労省自らが世論を真っ二つにするような間違った議論を続けています。

 こうした時こそ、きちんとした科学的な議論に基づき、超党派で国家危機に対峙(たいじ)することが必要です。

 どのパンデミックもそうですが、この疾患への対応はできるだけ早く止める。火種を抑える。その時間とスピードの勝負―それがすべてといって過言でありません。できるだけ早く網を広げてモニターするシステムが大事です。

 最も重要なことは、どこでだれが感染しているか、どう広がっているかを把握することで、経済的被害を最小にしながら、きめ細やかな対応が可能になります。そうでない場合、対応は場当たり的になり後手に回ります。

 ニューヨークは経済活動の再開をしても、感染の抑え込みに成功しています。初期に対応が1カ月以上遅れ感染爆発を起こしてしまったが、ロックダウン(都市封鎖)で収束し始めたとき、PCR検査能力を大幅に増やし、無料でできるだけ多くの人に検査をしたことが大きかったのです。

 経済活動を再開するために各国は、その大前提として感染制御によって両立をはかる戦略をとっています。感染制御があって初めて経済活動ができます。その社会インフラがPCR検査であり、追跡であり保護・隔離なのです。


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