2004年1月11日(日)「しんぶん赤旗」
欧州連合(EU)はこの五月、中・東欧や地中海諸国から十新加盟国を迎え、二十五カ国、総人口四億五千万人以上が住む地域に拡大、国内総生産(GDP)総計で米国に匹敵する巨大な国家連合となります。米英のイラク侵攻、占領で欧州諸国が米国とは独立した動きをみせているなかの今回のEU拡大は、一挙に加盟する国の数、それぞれの国の歴史や文化の多様性でも先例のないもの。拡大EUは経済だけでなく、政治でも国際的に重要な役割を演じようとしています。
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欧州統合の歴史は第二次大戦後の一九四六年九月、チューリヒでのウィンストン・チャーチル英元首相の「欧州連合国構想」提唱に始まります。欧州の経済と政治の統合は、この地域の大国ドイツとフランスの対立を背景に二十世紀に二度にわたる世界大戦による辛苦を体験した欧州が、「戦争のない繁栄した欧州」を求める動きでした。
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フランスのシューマン外相らの提唱をうけ、最初の機構として西ドイツ、ベルギー、フランス、イタリア、ルクセンブルク、オランダの六カ国による一九五一年の欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)が創設されました。その後、五八年の欧州経済共同体(EEC)創設、六七年の欧州共同体(EC)、九三年のEUとその機構も改革され、四次にわたって加盟国も拡大してきました。
この間、域内の関税障壁は撤廃され、商品、人、サービス、資本の移動の自由が実現。九九年には単一通貨ユーロが誕生しました。経済統合だけでなく政治統合も、対外関係を欧州共通外交・安保政策の下に統合させる動きとして加速しました。
EU発足によってEUの共通外交・安保政策への模索は、昨年末の首脳会議での初の安全保障戦略「よりよい世界のなかの安全な欧州」の採択で新たな段階を迎えました。米国の単独行動主義に距離を置き、国連を中心とした多国間主義を強く打ち出したもので、四億五千万人の人口を抱えることになる拡大欧州は国際政治における行動主体になると規定、平和維持、人道援助活動にも独自の軍事的対応とその機構の創設をうたっています。
EUの共通外交政策はこれまでも中東、イラン、北朝鮮問題などで国際政治に大きな役割を果たしてきました。イラク戦争の賛否をめぐり、深刻な分裂を体験したEUは、今後の共通安保・外交政策を進めるうえでの共通の立場をつくることが課題となっています。
EU独自の軍事機構は、EU諸国が多く加盟する北大西洋条約機構(NATO)の盟主である米国からの自立という面も含みつつ、市民団体や平和運動からは「EUの軍事化」として警戒する動きも起きています。
経済面でも拡大EUは、世界経済支配を狙う米国の経済覇権主義に対抗するものとなり、単一通貨ユーロは、もう一つの基軸通貨となる可能性も指摘されています。
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欧州連合(EU)は拡大に備えて、将来の欧州のあり方をまとめた欧州憲法を制定しようとしています。昨年十二月にベルギー・ブリュッセルで開かれたEU首脳会議では、機構改革をめぐって各国の対立が解けず、憲法草案の採択は見送られました。
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憲法草案で注目されるのは、欧州市民の基本的権利をまとめた「欧州基本権憲章」がそのまま盛り込まれていることです。それとともにEU大統領、外相職が新設されるなどEUの機構が大きく改革されます。
「基本権憲章」は二〇〇〇年のニース首脳会議で採択されたもので、男女平等や労働組合のストライキ権など加盟国の市民、労働者の政治的、経済的、社会的権利を網羅しています。欧州諸国民の長年のたたかいを反映したものです。
採択時、財界の意向を受けた英国が反対したため、法的拘束力のない「政治宣言」とされました。しかし今回、憲法に組みこまれることで法的拘束力も持ち、二十五カ国の全国民が享受する権利として確立されます。
それには、不当解雇からの保護や団体交渉・行動の権利、有給休暇の権利、労働時間の規制など、企業の横暴を適切に規制し、労働者の生活と権利を守る規定が列挙されています。
その他、雇用や賃金など「あらゆる分野での男女平等」の実現や強制労働、児童労働の禁止なども盛り込み、欧州諸国が歴史的に追求してきた「社会的欧州」の建設をいっそう進めるものとなっています。
十二月の首脳会議が欧州憲法草案で合意できなかった最大の対立点となったのは、決定機関である理事会の投票方式です。
二〇〇〇年十二月のニース首脳会議では、拡大後の理事会での投票方式について、人口の多い独仏英伊に各二十九票を配分する一方、人口規模がドイツの約半分で経済規模でもはるかに小さいスペインとポーランドにも各二十七票を割り振りました。
しかし憲法草案は人口を基準に票を配分する制度を予定しており、スペイン、ポーランド両国の票数はニース合意と比べて大幅に減ることになります。このため両国は草案に強く反対、合意にいたりませんでした。
協議再開は、五月の新規十カ国加盟と六月の欧州議会選挙後の、今年後半になる見込みです。
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今回の二十五カ国拡大に続き、ルーマニアとブルガリアが〇七年の加盟を目標に交渉を続けています。将来的にはクロアチアなどバルカン諸国も加盟する方向で、十年後には加盟国が三十カ国以上になる可能性もあります。
ここで大きな課題となるのは現加盟国十五カ国と新規加盟国との経済格差の是正です。昨年十月のEU十五カ国の平均失業率は8%でした。一方、新規加盟十カ国の平均失業率は14・2%です。新規加盟国の国民は加盟により経済格差が是正され、生活が向上することに期待を寄せています。
中・東欧諸国では近年、安価な労働力を求めて、日米欧の企業が相次いで工場を建設、同地域の工業地帯化が進んでいます。こうした中、新規加盟国では労働法の改定を進め、残業規制や有給休暇の延長、不当解雇の規制など、西側の現加盟国が達成している経済活動のルールを導入し始めています。労組も現加盟国と変わらない程度に働くルールが導入されていると評価しています。
しかし問題はこうしたルールが実際に現場で適用されているかどうかです。中・東欧各国では労働契約に基づかない「闇労働」や「サービス残業」もまだ横行しています。これらの国の労組は、現加盟国の労組とも共闘して闇労働の根絶などにむけた運動を始めています。
安保・外交政策をめぐっても、欧州統合のけん引車である独仏両国が米国のイラク戦争に反対したのに対し、中・東欧諸国の多くは戦争を支持。ポーランドのようにイラクに自国軍を派遣している国もあります。こうした亀裂の修復も課題です。その背後には、欧州への影響力維持を狙う米国の影もあります。
キプロスは五月に加盟するものの、同国北部はトルコ軍が占領を続けたままで、国が分裂したままでの加盟となります。またトルコは加盟候補国とされたものの、死刑制度など国内の人権問題がEU基準と相いれないとして、加盟交渉開始の見通しはたっていません。
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