2003年10月6日(月)「しんぶん赤旗」
「道路界のドン」「道路のことはすべて知っている超実力者」と呼ばれていた日本道路公団の藤井治芳総裁(67)の更迭が五日、決まりました。しかし、道路公団と癒着してきた自民党議員らの責任は藤井氏更迭で消えることはありません。
藤井氏は、一九六二年、建設省(当時)に入省。有料道路課長や道路局長、技監を経て九五年、事務次官に。退官後は公団に天下り、二○○○年六月に総裁に就任しました。
すでに道路局長当時から「藤井局長に話を通さなければ道路の話は進まない」といわれ、技監に昇任すると今度は技監室前に「藤井詣で」の人波が。高速道路建設だけでなく、サービスエリア、料金収受、周辺施設などに巨大な利権が集中している公団でも、強大な影響力を背景に「独裁体制」「恐怖支配」との批判を招きました。
しかし、藤井氏は他方で、政界・業界とも癒着してきました。建設省役人時代に、元建設相中尾栄一被告(73)=実刑判決を受け控訴=が受託収賄罪で起訴された汚職事件にからみ、贈賄側の若築建設関係者から現金六百万円が個人口座に振り込まれていたことがありました(後に返却)。
また、公団に天下りしてから藤井氏はたびたび自民党の有力議員などを招待し、料亭などで「高速道路推進」などを議題とする密室会合を開いていました。日本共産党の大森猛衆院議員の資料公開請求で明らかになっただけでも、一九九八年からの三年間に公団が自民議員らを相手に開いた酒食をともなう「会議」は六十四件にのぼりました。
自民党総裁選で小泉首相の再選を支持した青木幹雄参院幹事長も公団の工事に介入したことがあります。二〇〇一年末、公団が全国十三カ所の高速道路建設中止を決めた際、青木氏は地元の島根県・仏法山トンネルがそのリストのなかに入っていたため、藤井総裁に「何で俺のところなんだ」と怒鳴り込んだと報道されました。
自民党議員らも公団を利用し、いわば“食い物”にした経緯があるわけで、更迭で問われるのはこうした政官業の癒着構造です。(藤沢忠明記者)