2003年10月2日(木)「しんぶん赤旗」
戦前、旧日本軍が中国でおこなった細菌戦に対する国の責任を問い、被害者への損害賠償を求めた「七三一部隊細菌戦裁判」控訴審の第二回口頭弁論が九月三十日、東京高裁で開かれました。
同裁判は、旧日本軍の七三一部隊(中国・ハルビン市郊外)が開発・製造し、実戦使用した細菌兵器の被害を受けた中国人・遺族ら百八十人が国に謝罪と損害賠償(一人あたり一千万円、総額十八億円)を求めたもの。
法廷では、中国浙江省から来日した楼謀謂さん(64)、馮雪娜さん(49)が意見陳述しました。
楼さんは一九四一年、日本軍機が散布したペスト菌により家族八人を失い、三歳で孤児となった経歴を涙ながらに語り、「歴史を直視し、公正な判決を」と訴えました。
父の遺志を継いだ馮さんは、一九四〇年に日本軍機が大量のペスト感染ノミが付いた穀物、綿くずを投下し、父の家族三人がペストで死亡したと証言。裁判の前日、東京地裁で中国の遺棄毒ガス訴訟の判決を傍聴した馮さんは「裁判官が中国の戦争被害者の正義を守ったことに感動した」とのべ、細菌戦裁判での正義の判決を求めました。
土屋公献弁護団長は、遺棄毒ガス訴訟の判決の意義にふれつつ、近年の判決が「戦後処理の正しいあり方を示唆し、正義を実現しようとする方向に向いている」と指摘。日本が永久の平和を手に入れる道は、軍備ではなく、「歴史の直視と謙虚な清算」と強調しました。