2003年9月7日(日)「しんぶん赤旗」
「まさか、こんな近くに爆弾があったなんて…」「不安で昨夜は眠れなかった」−。沖縄県沖縄市で爆死した自衛官が那覇市内の自宅や借家に持ち込んだロケット弾の処理作業が行われた六日、周辺住民は、驚きと不安を抱えたまま避難を余儀なくされました。(西部総局 佐藤高志記者)
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避難対象地域は自宅・借家の約半径百メートルの住民。自衛官の自宅の具志では約二百二十世帯・五百五十人、借家の小禄では約百五十世帯・四百人が避難しました。
自衛官の借家に隣接した住宅に住む赤嶺ミエさん(86)は、足が悪いためタクシーで豊見城市の妹の家まで避難するといいます。「自衛隊さんは県民のことを考えてくれていると思っていたのに、こんな住宅地に爆弾をもちこんでいたなんて…。まったく信じられない思いだよ」とつらそうに話します。「昨日の夜は、心配で心配で、しょうがなかった。早く何とかしてほしい」と訴えました。
借家近くの洋品店の女性は、「これから店を閉めて避難します」といいます。「どこに米軍基地から持ち出された武器があるかわからない。本当に怖いですよ」と話しました。
周辺住民の避難誘導が始まった午後二時四十五分。周辺住民は避難し、閑散とした住宅地に警察官が立ち並びます。在沖米軍の爆発物処理隊が機材を車からおろし、青いシートが張り巡らされた借家の中に消えていきました。
自衛官の自宅のある具志に住む湧川朝渉・日本共産党那覇市議は「事件は一自衛官の問題ではなく、米軍基地が集中する沖縄ゆえの問題だ」と指摘。
「銃砲弾が住宅地の真ん中にまで流出していく実態に対し、厳正な対策と調査が必要だ」と話しました。