2003年9月4日(木)「しんぶん赤旗」
【北京3日小寺松雄】旧日本軍が中国東北部に遺棄した毒ガス剤を浴びた中国人被害者が三日、二十一年たってそのときの様子を北京で訴え、日本の罪状を告発しました。
この人は黒龍江省牡丹江市の仲江さん(43)。同日、北京市の中国人民抗日戦争記念館で始まった「日本軍の化学兵器戦争の罪業」展で証言しました。
一九八二年七月、牡丹江市で排水溝工事をしていた仲さんは、古びた金属缶を発見しました。当時は旧日本軍遺棄毒ガスの存在は広く知られていませんでした。仲さんがふたを開けたところ、中の液体が圧力ガスの勢いで噴き出て仲さんら五人の顔や体にかかりました。日本軍のマスタード(イペリット)ガスでした。
顔から上半身にひどいただれができました。顔の傷はほとんど消えたものの、首や肩にはまだ痕跡が残っています。この二十年余、頭痛などの後遺症に悩まされて仕事ができず、今は市から援助金を受けています。
展示会で、仲さんは見学の中学生らに自分の体験を語りました。さらに「八月に同じ黒龍江省のチチハル市で日本軍マスタードガス被害があり、とうとう死者まで出た。しかし日本政府は賠償を拒否し続けている」と日本政府の姿勢を批判しました。
展示会は抗日戦争記念館、中国弁護士会、中国日本史学会などが共催したもの。一九三〇年代からの日本軍の化学兵器・毒ガスの製造・使用の実態を示し、八月のチチハル市の毒ガス被害事件も含めて百五十点の写真や地図などを十一月末まで展示しています。