2003年7月7日(月)「しんぶん赤旗」
パレスチナ強硬派のハマスなどがイスラエルとの三カ月停戦に踏み出して一週間。停戦は中東和平への道筋を示したロードマップ(行程表)が求める「暴力の停止」の一歩です。これをパレスチナ問題の本格的な解決・和平実現への軌道に乗せることができるかどうか――。(カイロ・小泉大介、ワシントン・浜谷浩司、外信部・伊藤元彰、島田峰隆、伴安弘)
六月四日にヨルダンのアカバでおこなわれたイスラエル、パレスチナ、米国の首脳会談でスタートを切った中東和平ロードマップ。途中、パレスチナ過激派による自爆テロとイスラエル軍による一般市民を巻き添えにした過激派掃討作戦の激化で危機的状況に陥りましたが、六月末以降、いくつかの具体的措置が開始され、ロードマップ履行の第一歩が開始されました。
転機となったのは六月二十九日。パレスチナ強硬派のハマスとイスラム聖戦が三カ月の停戦を宣言し、イスラエル軍がパレスチナ自治区ガザ北部からの撤退を開始したことでした。
今月一日にはエルサレムでイスラエルのシャロン首相とパレスチナ自治政府のアッバス首相が会談。両者は「われわれはパレスチナを支配したり、運命を押し付けたりすることを望まない」(シャロン首相)、「われわれの紛争は政治的手段で解決すべきだ」(アッバス首相)と述べ、ロードマップ履行のための四つの合同委員会の設置で合意しました。
さらに二日にはイスラエル軍がヨルダン川西岸のベツレヘムからも撤退、三日にはイスラエル治安当局が、パレスチナ強硬派が停戦の主要な条件としていたパレスチナ政治囚の釈放要求に応える形で、五十三人の拘束者を解放しました。この間、アッバス首相もハマスなど強硬派各組織と相次ぎ会合をもち停戦実施の説得を行うなど、両者の信頼醸成措置は一歩一歩進んできています。
他方、イスラエル側の措置は、ユダヤ人入植地活動の凍結、イスラエル軍の撤退の状況など、ロードマップ第一段階が定めた課題に照らしても、ごく限られたものです。
アラファト自治政府議長が包囲されているラマラをはじめヨルダン川西岸ではイスラエル軍による再占領状態にある都市が広範に存在しています。
三日のパレスチナ政治囚の釈放も、六千人というイスラエル政府が発表した規模の一部にすぎません。シャロン首相は一日の首脳会談で「テロとは妥協しない」と断言。三日にはイスラエル軍が、ヨルダン川西岸のカルキリヤで過激派メンバー一人を射殺しています。
ハマスの停戦は三カ月という期限付き。これまでの経験からも、わずかのきっかけで停戦が崩れる危険性が常に伴っています。
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ロードマップが軌道に乗ってゆく一つの条件は、イスラエル、パレスチナ双方の間での信頼がどれだけ深められるかです。それが双方が訴える措置を今後自主的にとってゆく上での基礎になるでしょう。
ガザ地区ではイスラエル軍の部分撤退で、ユダヤ人入植地保護のためとして二年半行われていた検問が基本的になくなりました。南北の移動のため日常的に海岸沿いの小道を利用せざるをえなかったパレスチナ人は幹線道路を使えるようになりました。
自治政府側は停戦後入植地を攻撃した過激派五人を逮捕するなど、停戦違反を取り締まる姿勢を示しています。
問題の一つは自爆テロを行ってきたハマスへの対応です。ハマスは教育、医療などパレスチナ住民の福祉に大きな役割を果たし、支持を得ています。イスラエルの一般市民を標的としたハマスの自爆テロは国家建設という自らの大義に反する行為で、許されるものではありません。ハマスがこうした行為に走った背景にはイスラエルの事実上の軍事占領とパレスチナ人抑圧の強まりがあるといわれています。
アッバス首相は五日、ハマスの精神的指導者ヤシン師と初めて会談しました。他方、イスラエルがパレスチナ側の努力に誠実に応じて軍事攻撃をやめ、和平への措置をとるかどうかが問題です。
今回の停戦を通じた和平への機運の背景には、三年近くの紛争での死者がパレスチナ側で二千五百四十五人、イスラエル側で八百六人にも及び、双方に紛争への嫌悪感と和平への願望が広がっていることがあるとみられます。最近の世論調査(別表)はそのことを示しています。
イスラエルとパレスチナ双方が協力して紛争解決を呼びかけた署名運動も始まりました。この運動はイスラエル情報機関シン・ベトの前長官アミ・アヤロン氏と、パレスチナ解放機構(PLO)のベテラン活動家でエルサレムのアルクッズ大学長のサリ・ヌセイベ氏が六月末に呼びかけたもの。「人民の声」声明と名づけられた文書は、和平交渉の開始とともに、ユダヤ人入植地の撤去、第三次中東戦争前の境界線に基づく国境線の設置など二国家共存へ向けた問題解決策を提案しています。
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イスラエルはヨルダン川西岸との間、一九六七年の第三次中東戦争以前までの境界線(グリーンライン)に沿って壁を建設中です。ロードマップを具体化する上での一つの問題点となっているのが、この壁です。この壁を認めるなら、パレスチナ国家を将来イスラエルが承認しても六七年当時のパレスチナ“領土”をさらに狭めるものとなりかねません。
壁は高さ約三メートルのコンクリート部分と高圧電流が通ったフェンスからなり、監視塔があります。現在四十キロが完成、最終的には六百キロに達するとみられます。「テロリストの侵入」を防ぐというのが昨年六月に建設を決定したときの理由です。壁はさらにイスラエルの領土を拡大する役割を果たそうとしています。シャロン政権は五月初め、西岸にあるユダヤ人入植地アリエルなど六万人が住む地域の東側に壁を建設することを決定しました。グリーンラインからパレスチナ側に二十キロも食い込んでいます。
イスラエルの一部の政治家や人権擁護団体によると、イスラエルはさらに入植地を取り囲む壁を建設する計画で、そうなれば西岸のパレスチナ領土は三つの部分に分断され、西岸全体の42%だけとなります(米誌『ニューズウィーク』六月十一日号)。これはシャロン首相が容認するとしてきたパレスチナ国家の広さです。
ワシントンで三日、パレスチナ問題でパネル討論が開かれました。パレスチナ自治政府のラーマン駐米代表は、ブッシュ米政権の役割をこう述べました。「イスラエル政府内にロードマップに反対する勢力がいる以上、ブッシュ大統領の関与はロードマップ成功への不可欠の条件だ」
ブッシュ政権が昨年夏以来、パレスチナ問題への関与を強めたのは、イラクとの戦争に突き進むなかでのことでした。アラブ諸国の反発を抑える狙いがあったことは、つとに指摘されています。
テロとの「戦争」を第一に掲げるブッシュ政権にとって、パレスチナでの緊張と暴力は、米国の利益にも反するとの判断があったとみられます。
ブッシュ大統領はパレスチナに関与する条件を当初から明確にしました。アラファト議長の排除です。米政府のこの干渉は、和平促進が、パレスチナの自決権を尊重する立場からではないとの疑念を抱かせました。
パネル討論で、アブード駐米レバノン大使は、「ロードマップはインティファーダ(民衆蜂起)をやめさせるだけのものだ」とする見方が、イスラエル政府内にあると指摘しました。同日のニューヨーク・タイムズ紙も、イスラエル政府側に「勝った」とする見方が出ていると伝えました。
だからこそ、米政府がイスラエルにロードマップの実行を迫ることが必要だ、とアラブ諸国の大使はいいます。しかし、イスラエルや米国内の親イスラエル派の突き上げにもかかわらず、米政権がロードマップの後ろだてになれるのかは、はっきりしません。
ブッシュ政権がパレスチナ問題を、「反テロ」の枠組みと米国の国益からだけみるのなら、アラブ諸国の期待に反してロードマップからの後退もありえます。
ロードマップは、イスラエル、パレスチナの「両当事者による相互的な措置を通じた進展」をめざし、三段階を通じて二〇〇五年までにパレスチナ独立国家とイスラエルとの共存をはかるとしています。
第一段階の期限は五月末で、すでに遅れが出ています。この段階では、パレスチナ側は暴力の無条件停止を直ちに行い、「テロ基盤の廃絶」に向けた作戦を開始します。イスラエル側は、民間人に対する攻撃、住居や財産の没収や破壊などをやめ、人と物の移動の制限を緩和するなど、パレスチナ人の生活の正常化をはかります。
イスラエルはさらに、シャロン政権誕生(〇一年三月)以降につくられた入植地の即時解体と、すべての入植活動の凍結を実施し、「治安実績が向上するのに伴い」、二〇〇〇年九月二十八日以来占領している地域から撤退します。
第二段階は今年末が期限。暫定国境をもつ独立パレスチナ国家が創設されます。
第三段階では、当事者の交渉で、イスラエルの占領を終わらせ、公正、公平かつ現実的な難民問題の解決、およびエルサレムの地位にかんする解決をはかります。
ロードマップは二つの国家の共存をうたう積極面をもつ一方、パレスチナ国家の国境を将来の交渉に委ね、入植地の全面解体についてあいまいであることなどの問題点を残しています。
また、パレスチナ暫定国家の非武装や入植地全面撤去の拒否、条件付き撤退などイスラエル政府が留保として付けた十四項目の条件も、ロードマップの履行に障害をもたらすものです。
| イスラエルでの世論調査 | ||
|---|---|---|
| ◇アッバス首相に和平に取り組む機会を与えるべきだ (イディオト・アハロノト紙6月13日付) | 67% | |
| ◇ヨルダン川西岸とガザ地区にパレスチナ国家を樹立することを支持する | 02年 | 03年 |
| 49% | 59% | |
| ◇入植地を放棄してでも西岸とガザからの一方的撤退を支持する (テルアビブ大学ジャッフィ戦略研究所 6月9日) | 48% | 56% |
| パレスチナでの世論調査 | ||
| ◇無期限の停戦を望む | 80% | |
| ◇パレスチナの民衆蜂起とともにイスラエルの軍事行動は停止すべきだ (パレスチナ政策・世論調査センター 6月30日) | 52% | |