2002年12月22日(日)「しんぶん赤旗」
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「にんげんをかえせ」と核兵器廃絶の願いをうたった原爆詩人として知られ、日本共産党員だった峠三吉の遺品資料が、このほど、遺族から日本共産党本部に寄贈されました。
寄贈資料は、約八十点にのぼります。一九五一年九月に発行した謄写版刷りの『原爆詩集』。こまやかな手づくりで、叙情味豊かな短歌、俳句や童話などの創作ノート。書簡、自画像や姉の肖像画など、三吉の豊かな人間像をほうふつさせる品々です。
日記は、三六年から五三年三月、胸の手術を受けて亡くなる前日まで記していたものがあり、四五年八月六日の記述には「猛然と家震動し…」と被爆の惨状を、また、四九年四月十一日には、「共産党への入党手続終了。印を押す。深い安堵」とあります。
峠三吉の研究者で詩人の増岡敏和さんは、「展示会などにも提供されてきたものです。有名ではなかったころのものも含めて大切に保存され、峠三吉の成長の跡が克明にわかる貴重な資料です」と語ります。
峠三吉は、一九一七年、大阪府生まれ。広島で育ち、社会主義運動や労働運動に携わった兄や姉たちの影響を受けて社会にめざめます。四五年八月、アメリカの原爆投下で被災。原爆症に侵されながらも、被爆者の救援や平和運動に取り組み、広島の文化団体で活躍。朝鮮戦争さなかの五〇年、アメリカのトルーマン大統領が、原爆使用をほのめかしたのに際し、人間愛に満ちて、原爆の非人間性をするどく告発する『原爆詩集』を編集。その「序」に掲げた詩が、「にんげんをかえせ」「にんげんのよのあるかぎり/くずれぬへいわを/へいわをかえせ」とうたい広く知られています。
今回の寄贈は、日本共産党員として生きた峠三吉の遺志を生かすためにと、遺族からの申し出によるものです。