2002年7月15日(月)「しんぶん赤旗」
大量殺害、人道に反した罪などを犯した個人と責任者を裁く国際刑事裁判所(ICC=InternationalCriminalCourt)の設立条約が一日発効し、来春、正式に動き出します。ホロコースト(ナチス・ドイツによるユダヤ人大量殺りく)のような犯罪を繰り返させない歯止めになることが期待されています。しかし、一方で、米国による裁判所の骨抜き策動があからさまになっています。裁判所の狙いと設立の意義、その仕組みと課題をみました。
ICCは国家間の紛争や国内紛争で重大な犯罪を犯した個人の責任を追及する歴史上初めて設置される常設の裁判所です
国際裁判所にはハーグに本部を置く国際司法裁判所がありますが、これは国家間の法律問題を裁くもので、この刑事裁判所とは別です。
ICC設立条約は対象となる犯罪として、(1)ジェノサイド(集団虐殺)の罪(2)人道に対する罪(3)戦争犯罪(4)侵略の罪、を挙げています。
「人道に対する罪」の具体例としては、殺人、奴隷化、拷問、レイプや性的奴隷化、アパルトヘイト(人種隔離)罪などが挙げられています。
戦争犯罪には、ジュネーブ諸条約の重大な違反や一般住民への意図的な攻撃、村落、病院などの非軍事目標への意図的攻撃、毒ガス兵器や国際法に違反する無差別殺りく兵器使用などが含まれています。
米国がアフガニスタンで行ってきた空爆で、「誤爆」と称して行ってきた民間人への攻撃や病院、一般の居住地、赤十字の建物などの破壊や無差別破壊兵器の使用は戦争犯罪としてICCで裁かれ得るものといえます。イスラエルがパレスチナ自治区侵攻・占領で行っている行為も世界から戦争犯罪として告発されています。
裁判官、検察官は締約国の選挙で選ばれ、期限や地域を限定せず、侵略の罪や戦争犯罪を犯した個人、それを命令した人も裁きます
ICCは、犯罪が発生したのにそれを裁く義務を負う国家がその能力や意思を持たない場合のみ裁判を行います。
ICCが裁判を行使できる管轄権は、原則として締約国の国籍をもつ被告か、締約国で起きた犯罪に対してです。国連安保理が提訴した犯罪についてはすべての国連加盟国に対し管轄権を持ちます。対象となる犯罪は条約発効の七月一日以降に起きたもので、時効はありません。
国や政府の長も刑事責任を免れません。軍司令官なども、その権限、監督下の軍隊が行った犯罪に刑事責任を負います。刑罰の最高は終身刑です。
法廷は二審制。裁判官は任期九年(最初の選出のみ例外あり)で十八人から成り、九年任期の検察官一人とともに来年一月に締約国会議の選挙で選出されます。ICCはオランダのハーグに置かれ、来年春、裁判官と検察官の宣誓式で正式に動き出します。
米国はクリントン前政権が二〇〇〇年十二月、条約に署名しましたが、ブッシュ政権になって、今年五月署名を撤回するなど国際法上異例な行動にでて、大問題になっています
ブッシュ政権はICC設立条約発効を前に、国連平和維持活動(PKO)に参加する非締約国の兵士(つまりは米軍兵士)はICCによって訴追されないという「免責」を安保理に求め、ボスニア・ヘルツェゴビナ派遣の国連部隊の任務延長に拒否権を行使して妨害しています。
こうした米国の姿勢には、米国の将兵が派遣先の国などから訴追されることへの懸念だけでなく、ICCがアフガン空爆にみられるような一国覇権主義的行動の足かせになることを許さないという身勝手な思惑が働いています。
ICCが真に機能するためにはすべての国の批准が前提になります。条約調印国は七月一日現在で百三十八カ国にのぼりますが、批准国は七十六カ国で、なお少数派です。
イスラエルは米国と同様、いったん署名しながら条約にパレスチナでのユダヤ人入植地拡大を事実上阻む項目が挿入されたとして批准を拒否しています。
日本は条約に署名もしていません。被告の引き渡しなど国内法の整備が整っていないことを表向きの理由にしていますが、フランスが憲法を改正して批准し、コロンビアが批准に向けて刑法を改正したことからみても、日本政府の言い分は通りません。米国の敵対姿勢に追随するというのが本音とみられています。
長い間、国際的な懸案になってきましたが、一九九八年七月、ローマで開かれた全権外交会議でICC設立条約が採択されました
条約はその前文で「今世紀、数百万人にのぼる子ども、および男女が想像を絶する残虐な行為の犠牲になった」とのべ、「こうした犯罪の実行犯を不処罰に放置する状態を終わらせ」「犯罪の予防に寄与することを決意」するとうたっています。
ナチス・ドイツと旧日本軍の戦争犯罪を裁いたニュルンベルク裁判と東京裁判は、犯罪が犯された後、対象を限定して行った裁判でした。ICCはこれらの裁判の経験を踏まえて常設の裁判所として国連の創設時から構想されました。しかし、米ソ対決によってこれは棚上げにされました。
ところが七〇年代にカンボジアのポル・ポト政権下で二百万人といわれる虐殺事件が起き、九〇年代にはアフリカのルワンダで百万人が虐殺され、旧ユーゴスラビアでも迫害や拷問、集団レイプなどの非人道的、戦争法規違反の行為が犯されました。
犯罪者個人を裁く常設裁判所としてのICCの設立には、こうした痛苦の経験があります。
欧州(34カ国) サンマリノ、イタリア、ノルウェー、アイスランド、フランス、ベルギー、ルクセンブルク、スペイン、ドイツ、オーストリア、フィンランド、アンドラ、クロアチア、デンマーク、スウェーデン、オランダ、ユーゴスラビア、リヒテンシュタイン、イギリス、スイス、ポーランド、ハンガリー、スロベニア、エストニア、ポルトガル、マケドニア、キプロス、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブルガリア、アイルランド、ルーマニア、スロバキア、ギリシャ、ラトビア
アフリカ(17カ国) セネガル、ガーナ、マリ、レソト、ボツワナ、シエラレオネ、ガボン、南アフリカ、ナイジェリア、中央アフリカ共和国、ベニン、モーリシャス、コンゴ民主共和国、ニジェール、ウガンダ、ナミビア、ガンビア
中東1カ国 ヨルダン
アジア・太平洋(8カ国) フィジー、タジキスタン、ニュージーランド、マーシャル諸島共和国、ナウル、カンボジア、モンゴル、オーストラリア
北米(1カ国) カナダ
中南米(15カ国) トリニダードトバゴ、ベリーズ、ベネズエラ、アルゼンチン、ドミニカ、パラグアイ、コスタリカ、アンティグアバブーダ、ペルー、エクアドル、パナマ、ブラジル、ボリビア、ウルグアイ、ホンジュラス