2002年5月27日(月)「しんぶん赤旗」
農産物の価格低迷に生産者が苦しんでいます。茨城県の県西農民センター(農民連)が今春おこなった税金相談では、赤字経営が目立ったといいます。おりしも、世界最大の農産物輸出国アメリカは、価格下落に対応する六年間にわたる価格保障・所得補償制度を作りました。日本では食料自給率が下がり四割を切るというのに価格保障は切り縮め、輸入は自由化。この違いは何なのかと考えながら現地を訪ねると「このままだと数年で農業がだめになる」との声が共通してでました。(中沢睦夫記者)
茨城県西農民センターは、鬼怒川と利根川の流域、埼玉県寄りの関東平野で活動する農民組合です。首都圏に近い立地条件を生かし農業が盛んな地域です。
「この表を見てください。総所得がマイナスの人もいるし、みんな所得率が下がっているんです」
同センターの初見安男事務局長が示すのは、野菜生産が盛んな八千代町の農家十四軒の総収入、総所得、所得率の推移の一覧表です。葉もの野菜を卸売市場に出荷している一般的な農家です。
目に飛び込んでくるのは赤字経営を示すマイナスの記号。一九九八年まではなかったのに昨年は三人います。新型農機具の導入後、収入減となり維持費がかさみ赤字経営に陥ったといいます。総収入から経営経費を引いた総所得は、九八年をピークに下がり続け、昨年は五人が総所得百万円以下でした。
初見事務局長はその理由として、「九八年は野菜価格が良かったが、そのあとアジアから野菜輸入が急増し、市場価格が下がり続けている」と話します。
同町で平均的な野菜農家を訪問すると、その話が裏付けられました。井桁常夫さん(52)は、夫婦で白菜やキャベツの露地野菜一ヘクタールとビニールハウス十五アールを栽培します。経営状態をたずねると「去年はひどかった。白菜は十五キロの段ボールで三百円から四百円、経費を引くと手元に残らない。畑に捨てた人もいた」といいます。町外の畑を借りて規模拡大したこともありますが、機械を導入しても採算がとれないと判断、現在の規模に落ち着きました。
粗収入は一千万円をこえますが、息子さんに後を継げとはいえないといいます。「ビニールハウスや肥料、機械代なんか経費は八百万円ぐらいかかるが安くならない。月十万円を息子に払うだけの所得はない」と苦笑します。集落では農業を続ける家は四分の一に減ったといいます。「七十歳近い人もいるが農業に魅力ないから後継者はない。白菜やキャベツの段ボールは重いからあと数年でできなくなる」
三和町で借地を含め十三ヘクタールの水田を耕作する初見芳男さん(60)も「これだけ収入あるから百姓をやれ、と息子にいえない」と話します。
WTO(世界貿易機関)後の外国産米の輸入と価格保障廃止は、生産者米価の下落をひどくしました。六十キロ二万円以上で売れた茨城産コシヒカリは一万六千円に下落。稲作経営安定対策という補てん金(生産者も拠出)を加えても一万七千円程度です。減反は四割にまで拡大しました。麦や大豆に転作して助成金をうけているものの、「規模拡大は田んぼがちらばり移動に時間がかかりすぎて無理」といいます。近くの兼業農家の田植えや稲刈りなど農作業を請け負った手間賃が安定した収入です。
初見さんの集落は六十戸の農家のうち稲作専業は二人だけ。野菜農家も四十歳代が一人いますがあとの三軒は六十代後半だといいます。「米価はどうなるかわからない。これだけ作ったらこれだけ収入になるというめどがないと若い人は農業をやらないだろう」。初見さんは、集落の将来を心配します。
県西農民センターの初見事務局長は、農協への借金滞納がふえ、サラ金から高利の借金をしていた農家の生活相談をうけなんとか解決したこともあるといいます。「昔は野菜価格は良いときもあって、借金も払えた。いまは価格が下がるだけ。このままだと何とかやっている人も数年後には生活できなくなる」と強調します。そして「アメリカは農家の経営難に価格保障・所得補償をしている。日本も再生産ができる価格保障・所得補償策をしないと大変だ。毎年四兆円もの軍事費や無駄な公共事業を削れば財源は十分ある」と話しました。
農水省がまとめた青果物調査によると、スーパーなどの店頭価格のうち生産者の受取額(取り分)は、半分から七分の一程度となっています。産直(産地直結)では八〜九割を農家が受けとっています。
調査は、昨年十一月に東京と大阪の小売店舗や食材卸問屋で売られていた二十一品目の青果物について追跡調査したもの。流通が五段階(生産者―集出荷団体―卸売市場の卸売り業者―仲卸業者―小売店・食材卸問屋)をへて東京で売られた場合、小売価格のうち生産者分は大根で24%、キャベツ22%、キュウリ48%、ミカン36%、白菜14%、トマト50%、リンゴ40%となりました。
たとえば千葉産の大根は十キロ千四百一円で売られていましたが、段ボール代や選別経費百七十九円を引くと生産者に百六十四円が残っただけでした。価格暴落により産地廃棄を迫られている北海道産タマネギは、十キロ千四百九円のうち生産者分は二百九十円でした。
輸入品のブロッコリーは、輸入価格の二倍(アメリカ産)から七倍(中国産)で売られていました。
一方、九品目で調べた産直の場合、流通経費が少なく、生産者分は多い作物で97%(ピーマン)、少なくとも75%(温州みかん)となっています。
アメリカは、農業経営の危機に直面して、主な農産物の価格保障(不足払い制度)を全面的に復活します。同国の次期農業法(今年度から〇七年度までの六年間)にもりこまれました。アメリカ農業も市場原理にまかせては再生産ができず、農業保護が必要であることを示しています。
次期農業法は、一九九六年農業法に代わるもの。農業保護額は、六年間に五百二十億ドル(約七兆三千億円)積みまします。
注目されるのは、再生産できる目標価格との差額も補てんする不足払い制度を事実上、復活させたことです。国際価格が暴落した場合にも最低価格支持をする「ローンレート」制度は九六年農業法と同様に残ることになります。
直接所得補償も残しており、市場価格が上昇して目標価格に近づいた場合は、生産費以上の収入を得ることができます。
アメリカの農業は、アジア通貨危機による消費減で、九八年以降は穀物価格が大幅に下落。経営難におちいった農業団体の訴えをうけ、政府はアジア向け市場で得られたであろう利益を補てんするという理由で九九年から〇一年まで「市場喪失補償」を追加払いしています。今回の農業法は、この市場喪失補償を制度化するものです。
WTO協定は、自由貿易の障害になるとの理由で、作物の生産に直接結びついた補助金を削減するとしています。
一定の式で計算をした「助成合計量=AMS」について、日本の場合には一九八六年度から八八年度の平均量(約五兆円)を二割削減し、二〇〇〇年度までに約四兆円にまでもっていくと約束しています。
しかし、自民党政治は、四兆円どころかさらに大幅に削減しています。最も新しい九九年段階で、実績量は七千四百七十八億円になり、約束水準に比べ一八・八%に落ち込んでいます。
食管制度をはじめ価格保障制度を廃止したり縮小したからです。
逆にいえば年間三兆円の助成合計量に相当する対策をとっても、WTO約束に違反することはなく、国内対策がとれることになります。
真嶋良孝・農民連副会長(国際部長)の話
二〇〇〇年三月にワシントンで開かれた全米家族農業者連合など三千人集会に参加したことがあります。
そこでは「農村を救うのは価格保障だ。財源があるかないかじゃない、価格保障がないと農業はやっていけない」と声をあげていたことが印象的でした。アメリカが自国の農業保護として不足払い制度を復活させたことは、これにこたえたことになります。一方ではダンピング(安売り)輸出で、世界の農民にとっては利益がない面はあります。アメリカの家族農業者も、穀物大商社が買いたたくことが問題であり、市場で正当な価格をつけてくれといっていました。
しかし日本の政府は、農産物価格がいくら暴落して農村が困り、農業ができなくなろうとも価格保障をやめるだけです。農政の対象を四十万経営体にしぼり中小農家は切り捨てる。アメリカのほうが農業と農村を守るという点では理にかなっています。日本でも価格保障・所得補償を実現する運動を強める必要があります。
野菜の生産者補給交付金制度(野菜生産出荷安定法の事業)は、制度の要件が厳しく交付金水準も不十分なものです。今国会に一部改正案がでていますが、日本共産党の中林よし子衆院議員(党農水部会長)は、農林水産委員会(四月二十四日)で、制度の改善・充実をさらにすすめるように要求しました。
同制度で補給金対象の条件ができる野菜は改正しても全流通量の55%だけです。対象が大規模作付けの指定産地の十四野菜のみという厳しいハードルがあるからです。
中林議員は、十四野菜について産地を指定する面積要件をはずし「どこでも作れば指定野菜としての扱いができるようにすべきだ」と提案。指定野菜の拡大について、作付け面積が一万ヘクタールをこえているゴボウ、ブロッコリー、カリフラワーなどを加え、京野菜のような特定野菜は都道府県が指定できるよう改善すべきだと主張しました。
保証基準の価格は九年間の平均卸売価格の九割で計算しますが、市場価格が下がり続けています。中林議員は、「これでは制度にはいっても安心して生産できない」と指摘、生産費を反映した水準に改善するとともに、暴落したときの産地廃棄にも一定の補償を求めました。
生産者が国と都道府県の助成をうけ基金を作ります。生産者は野菜の種類によって17・5%から20%を負担、残りを国と都道府県が半分ずつ助成します。財政難にある都道府県は制度の運用に消極的になりがちです。中林議員はこうした弱点を防ぐため、国の負担割合を引き上げるべきだと要求しました。