2002年5月15日(水)「しんぶん赤旗」
株式や金融市場が主導する米国型経済モデルを見直して、雇用など企業の社会的責任を重視する欧州型を再評価する動きが欧州で相次いでいます。情報技術(IT)バブルの崩壊やエンロン破たんで噴出した米国経済の問題点に警戒が高まり、英国の経済専門家からも「米国型は手本にならない」との声が上がっています。(ロンドンで田中靖宏)
「落ちた偶像―世界は著名社長たちへの恋から覚める」。英誌『エコノミスト』四日号は巻頭言でこう強調、ニューエコノミーの旗手ともてはやされた米経営者が一転して投資家の指弾を浴びていると報じました。
米長距離通信サービス大手のワールド・コム。株価が最高時の三十分の一に下落し、創業者のエバーズ社長兼最高経営責任者(CEO)が辞任。美術オークション老舗サザビーズのブルークス社長に不正協定の疑いで裁判所から自宅拘禁命令。米国経営のかがみとされたゼネラル・エレクトリックのウェルシュ前社長への株主たちの非難。
エネルギー企業エンロンの破たんで明らかになった花形企業経営の「暗部」が、実は米企業全般の問題なのではないか。相次ぐ疑念の背景には、ITバブルの崩壊だけでなく「一九九〇年代に唱導されたニューエコノミー崇拝への反動がある」と『エコノミスト』誌は指摘しています。
「米国はもはや機会の平等の国ではなくなり、先進国で最も不平等な国になっている」。英国の経済ジャーナリスト、ウィル・ハットン氏は近著『私たちが住む世界』で告発しています。
上位20%と最下位20%の所得は九倍も開き、人口の1%の富裕者が全体の富の38%を独占している。教育は金次第で、階級間の移動が少なくなり、「貴族のような金持ちと奴隷状態の貧者への二極分裂は中世とかわらない」様相。米国の経済社会は世界のモデルにならないと論じています。
同氏がさらに強調するのは、株価重視の米国型経営が実は経済全体の活力を奪っている点です。
ドイツの自動車メーカー、フォルクスワーゲンの労働者の平均労働時間は週二十八時間。時間当たりの賃金は二十三ポンド(約四千円)で欧州で最高。そんな高い労働コストでも同社は欧州でのシェアを九三年以来16%から19%に拡大しています。株式の18・6%をザクセン州政府が保有。経営者の報酬はフォードのCEOの三十分の一だといいます。
携帯電話のノキアはフィンランドの高賃金と高所得税の下でも米社モトローラの二倍のシェアを維持。フランス、オランダ、ベルギー、旧西ドイツの労働者一人当たりの生産性はすでに米国を上回っています。欧州が企業効率化の投資をしているのに、米国は人的投資よりリストラや金融技術で利益を引き出しているからだと論じています。
ロンドン大学経営学部のフレッド・ガイ経営組織部長は「単純な一般化はできないが、エンロン問題で米英型の市場原理主義への見直しと警戒が出ているのは事実。株主と同時に従業員や関連企業、地域社会など利害関係者との関係を重視する欧州大陸型の経営やコーポレート・ガバナンス(企業統治)が今後はいっそう重視されてくる」と話しています。