日本共産党

2002年3月22日(金)「しんぶん赤旗」

沖縄米軍の土地取り上げに反対

阿波根昌鴻さん死去


 阿波根昌鴻(あはごん・しょうこう)さんが二十一日午前七時すぎ、入院先の沖縄協同病院(豊見城村)で肺炎のため死去しました。百一歳。告別式は二十二日午後一時、伊江村立「聖苑」で、喪主は妻、喜代さん。

 阿波根さんは、一九〇三年沖縄本島本部町で生まれ、移民募集に応じてキューバ、ペルーに。一九三四年帰国後、伊江島に移住。沖縄戦で一人息子を失い反戦平和のために生きることを決意し、一九五五年の米軍射爆場のための土地とりあげ反対闘争に参加しました。

 サンフランシスコ条約で沖縄を日本から切りはなしたアメリカは、催涙ガス、着剣した武装米兵を動員、手を合わせて嘆願する村民に殴るけるの暴行を加え、ブルドーザーで農家、畑を破壊、焼き払うなど野蛮な土地強奪をはじめました。

 阿波根さんは、「自分の畑を強行に耕作すれば射殺される」「もうこじきをする以外にない」と部落ぐるみのこじき行進で全県民に米軍の横暴を告発しました。

 阿波根さんは一貫して非暴力の立場と道理を尊び、日本復帰後も反戦地主として軍用地契約を拒否、八四年には資料館「ヌチドゥタカラの家」を主宰。キリスト者の阿波根さんは、九五年に日本共産党沖縄調査団が訪ねた際にも快く応対、伊江島の米軍の実態、村民のたたかいを語ってくれました。

 著書に『米軍と農民―沖縄伊江島』(岩波新書)、『人間の住んでいる島―沖縄・伊江島土地闘争の記録』(自費出版)があります。

 


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