2002年3月22日(金)「しんぶん赤旗」
米エネルギー総合企業エンロンの倒産で、4500人の労働者が解雇されてから3カ月半。解雇された従業員は今「元社員連合」を結成し、「幹部が甘い汁を吸う一方で、社員への犠牲押しつけは許さない」と立ちあがっています。地元の大リーグ球場からはエンロンの名がはずされ、同社に対する市民の目にも厳しいものがあります。(ヒューストンで西村央)
「私たちの組織は、解雇されたすべての社員を代表しています。目的は会社側に退職にあたっての規定通りの手当を支払わせることです」
打ち合わせ会議や、連邦議会公聴会の証言準備などで多忙をきわめる「元社員連合」代表の一人、デボラ・ペロッタさんは急きょ結成された組織をこう性格づけました。在職中は、役員を補佐するスタッフでした。
わずか十五年で全米で第七位の巨大企業に急成長したエンロン社には労働組合がありませんでした。
昨年十二月二日の倒産後、テキサス州ヒューストンにある本社で働く七千五百人中四千五百人が解雇された際、会社側が示した退職時“一時金”は、ペロッタさんによると、勤続一年に付き一週間分の給与相当額でした。若く、勤続年数が少ない社員が多いなか、平均額は四千五百ドル(一ドル=百三十円、約五十八万円)。これに不満があっても、会社側と交渉権のある労働組合はありません。残された道は、泣く泣く会社から送付された小切手を受け取るか、解雇された社員が結束して会社規定にそった退職手当を要求して法廷闘争に持ち込むかでした。
「粉飾決算をし、利益があがっているように見せかけながら、社員や退職者にエンロン株購入を奨励していた会社幹部に対しては憤りを感じます。退職手当もおざなり。私たちの要求は、会社に当然の金額を支払わせることです」
こう語るペロッタさん。解雇された社員側は二月十四日、退職手当支払いを求める訴えをニューヨークの連邦破産裁判所に対して起こしました。
エンロン社の元幹部は、会社が利益を出しているように見せかけながら所有していた自社株を株価が高いうちに売り抜け、膨大な売却額を手にしています。
その金額は、ワシントン・ポスト紙(一月二十六日付)によると、前会長のレイ氏が一億百三十万ドル(約百三十一億円)、元最高経営責任者(CEO)のスキリング氏が六千六百九十万ドル(約八十七億円)、元最高経理責任者(CFO)のファストー氏が三千五十万ドル(約三十九億円)など巨額。これら元幹部が手にした金額は、元社員が受け取った一時金とは一万倍近い差があります。
連邦破産裁判所は三月六日、元社員側から出されていた退職金要請に妥当性があることを認め、五百万ドル(約六億五千万円)の支払いを命じる判断を下しました。
これに対し、元社員側では、規定通りに支払うならこれに追加して七千三百万ドル(約九十五億円)必要だと主張して譲らない構えです。
解雇された四千五百人のうち、技術者など一定数は同じヒューストンに本社のあるエネルギー大手などに再就職したとされています。しかし、その数は明確ではありません。ペロッタさんは「全体からみると少数。せいぜい五、六百人」といい、四千人近くが今なお職を失ったままと見られています。
二月二十八日、ヒューストンの高層ビジネスビル街にほど近い米大リーグ・アストロズの球場から「エンロン」の看板がはずされました。
ここはエンロン社が年間三百三十万ドル(約四億三千万円)の資金を提供する見返りに「エンロン・フィールド」とその名前を冠していました。
この日、開幕戦のチケットを買うために球場を訪れたロニー・ブラボー氏(43)は「アストロズ・フィールドの名で開幕を迎える方がスッキリしていい。エンロンは多くのトラブルを起こしている。幹部が巨額の損失を隠し、株を買っていた人はだまされたようなものだ。大事な老後の貯えをなくした人は気の毒だ」と語ります。
子ども連れで来ていたシェーン・ヘンスリー氏(32)も「エンロンの倒産で多くの人が職を失ったからね。収入のあてもなく大変なことだよ。いつまでもその名前をつけていてはだめだよ」と名称変更は当然という表情です。
超巨大企業エンロンの短時日での破たんは、米国経済のあり方を照らし出す問題です。
エンロンはエネルギー・通信企業の看板を掲げてきました。しかし内実は、デリバティブ(金融派生商品)と呼ばれる高度な金融技術を駆使する投機企業でした。
連邦準備制度理事会(FRB)のグリーンスパン議長は議会で、エンロンはデリバティブ取引でヘッジファンド(投機基金)と並ぶ「主なプレーヤーだった」とのべています。
エンロンの経営を分析した研究者によると、二〇〇〇年には電力・ガスの卸売りなどの本業で、九百三十六億ドルの売上高(全米第七位)をあげたものの、経費がこれを上回ったため、十億ドルの赤字。ところがこれとは別に、デリバティブで七十二億ドルもの利益を上げていました。
デリバティブは、商品価格の変動による損失を回避する目的で開発されましたが、今日では投機の主要な手法です。ヘッジファンドが株式や為替を対象に活動するのに対し、エンロンはエネルギーを主な対象にしました。また、天候デリバティブなどの新分野にも力を入れました。
エンロンは“虚業”でした。それを「最先端」のビジネスモデルともてはやしたところに、マネーゲームにどっぷりつかったアメリカ資本主義の姿が示されています。
エンロンの最大の関心事は、自社の株価でした。「ニューエコノミー」という名のバブルのもと、株価上昇が企業活動の至上の目的とされ、エンロン流の経営がもてはやされました。
エンロンは株価をつりあげるためにあらゆる手を打ちました。従業員への報酬の代わりに自社株を与えるストックオプション。従業員の確定拠出型年金(401k)も自社株購入にあてさせました。
そのなかで、IT(情報技術)バブルの崩壊を引き金にした株価の下落が、華やかな成功劇を逆転させたのです。
いまでは「企業犯罪のスーパーマーケット」と呼ばれるエンロン。株価の高騰は粉飾決算にも支えられていました。
子会社を次々につくり、その間で複雑な取引を繰り返しました。子会社は約三千社にのぼり、千社近くがケイマン諸島などのタックスヘイブン(租税回避地)におかれました。
子会社は周到に連結決算の対象外におかれ、エンロンにみせかけの大利益をもたらしました。いわばネズミ講式に損失を付け替えていたのです。
不正には会計事務所が加担。格付け会社や企業アナリストも虚飾に満ちた企業モデルをたたえました。
いずれも本来、投資家に必要な情報を提供し、市場メカニズムを支える役割を担うはずでした。そうした制度的枠組みがアメリカ資本主義の強みとされてきました。それがチェック機能を果たさなかったことが、衝撃となっています。
政府機関や議会も、エネルギーや金融部門の規制緩和や会計制度の規制強化見送りなどで、事件に関与。ブッシュ、チェイニーの正副大統領がエンロンを支援し、選挙資金を受け取っていました。
こうして米国の政治・経済の中枢部がエンロンを支えてきました。その破たんを特異な例とみなすことには、疑問の声が強くあります。マネーゲームで株価をつり上げるやり方は、米国の多くの企業に浸透しているからです。
エンロンは、経営者の暴走を監視するコーポレート・ガバナンス(企業統治)が破れたケースと広くみなされています。
しかし、米国流コーポレート・ガバナンス自体が、株主に最大利益を保証することを意図したものです。エンロンの企業モデルと米国流コーポレート・ガバナンスとは、株価を至上とする点で地下でつながっています。
インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙三月四日付は、「責任ある資本主義に立ち戻るときだ」と題した論評を掲載。「エンロンのスキャンダルは、アメリカ資本主義に過去数十年にわたって生じた深刻で悪性の変化の結果だ」と、レーガン政権以来の市場主義一本やりの傾向を批判しました。
大企業の社会的責任をただし、必要な規制を強めること――エンロン破たんを期に、米国でもこうした意見が広まり始めています。(浜谷浩司記者)
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