日本共産党

2002年3月12日(火)「しんぶん赤旗」

いまアフガニスタンは

タリバンによる虐殺に報復か?

集団暴行、殺害相次ぐ

国連、暫定政権が調査

民族間の融和が深刻な課題に

北部・マザリシャリフ


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記者会見するメアリー・ロビンソン国連人権高等弁務官=10日、カブール

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廃虚となった自宅跡に立つモハマド・アリさん=マザリシャリフ

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虐殺された大量のハザラ人が埋葬されているとされる場所=マザリシャリフ

 アフガニスタン北部のマザリシャリフでは一九九八年、大量のハザラ人が宗教上の理由でタリバン軍に虐殺されました。しかし今度は、弱い立場となったパシュトゥン人への暴行が相次いでいます。アフガン暫定政権も調査に乗り出しました。多民族で構成されるアフガンで現在、民族間の融和が復興の緊急かつ重要な課題となっています。

 (マザリシャリフで西尾正哉写真も)

 「年老いた母を背負い、息子の手を引いて逃げました。みんな自分のことを考えるので精いっぱいでした」―マザリシャリフ市内に住むハザラ人のモハマド・アリさん(40)は、当時のことを鮮明に覚えています。

98年のこと

 タリバン軍が一九九八年八月、北部の拠点都市マザリシャリフを陥落させ、街に入ってきた時のことです。タリバンは街頭で無差別に発砲し、ウズベク人、タジク人などを殺害していきました。なかでも標的となったのがハザラ人です。

 アリさんによると、タリバン兵は市内に入ったその日、朝九時すぎから各家をしらみつぶしに捜索。ハザラ人と見るや、発砲して殺害しました。最初の三日間だけで二千人が、タリバン政権下全体では一万人がマザリシャリフ周辺で殺害されたとみられています。

 アリさんの住む地域の数十の家屋は完全に破壊。通りを隔てたウズベク人居住区が、整然としているのときわめて対照的です。現在、山村などの避難先から毎日一、二家族ずつ帰ってきています。

 タリバンがハザラ人を虐殺した主な「理由」は、ハザラ人がイスラム教でも少数派のシーア派だったこと。スンニ派の原理主義集団タリバンにとっては“異教徒”でした。さらに、タリバンがその前の年、同地を攻め失敗した時、頑強に抵抗し多くのタリバン兵を殺害したのがハザラ人だったことを恨んでいたといいます。

 マザリシャリフ市の外れチルガジ。ここに殺害された大量のハザラ人が埋められていると聞いて行ってみました。

 幹線道路から数百メートルわきに入った平地に大きなくぼ地が幾つもあります。昔から砂が採取されてきた平地です。その中の一つ、直径十メートル、深さ五メートルのくぼ地がそれです。

 地面の上の古くなった男性のズボンからは、大たい骨がのぞいています。案内のムハマド・ナビさんがスコップを入れるとすぐに頭がい骨などが出てきました。

 ナビさんによると、一カ月ほど前に国連がここに調査に入った時には、後ろ手に縛られた骨なども出てきました。ここには二千の遺体が遺棄されたといいます。

 地元の村民、アウドラさん(46)は「このくぼ地の近くにいけば、死体と関係があると思われるので近づかなかった」と語るなど、長い間、この埋葬場所は秘密にされたままでした。

弱者が標的

 モハマド・アリさんは「民族の違いに関係なく、だれもが平和に暮らせるようにしてほしい」と語ります。

 しかし、タリバンが昨年十一月、マザリシャリフを退却して以降、今度は、タリバンと同じ民族のパシュトゥン人への暴行が起き始めました。

 マザリシャリフから西へ車で二時間。チムタルに近いバルガ村では昨年十二月、二十数人のパシュトゥン人が殺害されました。

 バルクの村ではパシュトゥン人の若い女性らが集団で暴行を受けました。

 現地調査した非政府組織(NGO)のヒューマンライツ・ウォッチは、犯人はハザラ人の軍閥などだとしています。重く見た国連は三月初め、暫定政権と一緒に現地調査しました。

 国連人権高等弁務官のメアリー・ロビンソン氏は十日、カブールで記者会見し、「女性への暴行を含む(北部のパシュトゥン人への)非常に深刻な人権侵害が進行している。犯人の逮捕が必要だ」と指摘、暫定政権のカルザイ議長が調査報告書を出すことを明らかにしました。

 ヒューマンライツ・ウォッチのビクラム・パレク氏は、「パシュトゥン人以外の少数派民族への暴行も多発しています。弱い立場の人たちがターゲットになっています」と指摘。

 「危険なのは、報復が報復を呼び、さらにエスカレートすることです。暫定政権の基盤を崩すことになります」と警告します。

 


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