日本共産党

2002年3月5日(火)「しんぶん赤旗」

3・1ビキニデー 目立った若者の参加

“平和の思い”僕らがうけつぐ


 静岡県焼津市でひらかれた「3・1ビキニデー」(二月二十八日から三月三日)。青年・学生の交流企画「平和でナイト2002in静岡」(一日)には百八十人がつめかけるなど、各会場で青年の姿が目立ちました。歌やトークなどを通じて「ビキニ事件」を学び、平和について考え合い、「核兵器も基地もない平和な二十一世紀を」と誓い合っていました。

遺影を胸に行進

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故・久保山さんの遺影を抱いて墓参行進の先頭を歩く内田さん=1日、焼津市内

 アメリカが太平洋のビキニ環しょうで水爆実験を強行したのは、一九五四年三月一日でした。近くで操業中のマグロ漁船第五福竜丸などの多くの漁船が被ばくしました。第五福竜丸の無線長・久保山愛吉さん(当時四十歳)は、「原水爆の被害者は私を最後にしてほしい」と言い残して亡くなりました。その久保山さんの遺影を胸に抱いて「墓参行進」の先頭を歩いたのは、二十五歳の内田伸治さん=静岡県掛川市・団体職員=でした。

ビキニのこと知らなかった

 墓参の後、「平和でナイト」に駆けつけた内田さん。「パソコンが好きだったので『IT講習会』の講師をしていましが、仕事がなくなってしまった。つい最近まではプータローだったんです」といいます。

 友人に誘われて初めて参加しましたが、ビキニのことは何にも知りませんでした。

 そんな内田さんは「私の後ろに千五百人も続いて行進していたとは…。平和という課題でこんなに全国から集まるんですからね。とにかく驚いた」と話します。

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「3・1ビキニデー」集会で共感をよんだ若者たち=1日、静岡・焼津市の市文化センター

 墓前祭や集いに参加して内田さんは「アフガニスタンへの空爆でアメリカは核兵器の使用も検討したというし、地下核実験もくりかえしている。暴力が支配する世界にしたくない。広島・長崎・ビキニのように同じことを繰り返させてはいけないと思うんです」と語りました。

米テロ事件半年「何かやろう」と

 「3・1ビキニデー」には、大学生や高校生もたくさん参加しました。

 「チャンス静岡」のまりえさん=大学三年=は「米国のテロ事件から約半年。『何かやろう』ということで、九日に『Be Good Cafe」(ビー・グッド・カフェ)をやります。静岡市の青葉公園に集まり、ピースウオークをやります」と目を輝かせていました。

 地元、静岡県の高校生平和ゼミナールのれいなさん=三年生=は「昨年の原水爆禁止世界大会に参加して『こんなに多くの人が平和について考えているんだ』と感動しました。原爆資料館にも行き、核兵器の残酷さに驚きました。戦争はいや、核はよくない、自分も行動したい、と思って平和ゼミをつくったんです。自分も平和の問題で役立ちたいんです」と語っていました。


有事法制など討論 分科会

 日本原水協は二日、静岡市内で「二〇〇二年三・一ビキニデー分科会」を開きました。各会場とも「核兵器のない平和な世界実現を」との思いがあふれました。

 「自衛隊派兵・有事法制反対―憲法と非核三原則を守り非核平和の日本、非核の太平洋をめざそう」の分科会は、米国の干渉戦争に日本を全面的に協力させる有事法制が今国会に提出されようとする事態を受けて、会場には百七十人がつめかけてあふれ、通路にまで座り込んでの討論・交流となりました。

 日本平和委員会の佐藤光雄代表理事が、有事法制のねらいや概要、政府内での動きなどについて報告し、問題提起。これを受けて二十一人が発言しました。

 東京の新婦人の代表は世田谷支部の取り組みを紹介。「有事って?」「動員するってどういうこと」などの質問があがるなか、有事法制が一目でよくわかる紙芝居を作って班で学習し、街頭宣伝を計画していると報告し、注目を集めました。

 福岡県の平和委員会代表は「有事法制になれば『大変だ』と怖さが先に立つ。確信が持て、知らない人に知らせたいという気持ちになる学習をしよう」と強調しました。

 参加者は「有事法制の事実を知れば国民は必ず許せないと思う。知らないことが一番危険だ。自分の語り口で話そう」と確認しました。

 


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