日本共産党

2002年1月27日(日)「しんぶん赤旗」

輝いてしなやかに 物語 男女差別裁判の40年(53)

3章 女性労働はいま

住友系メーカー3社の9人<中>

振り袖で退職あいさつ


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調停を申請した住友の原告。(左から)電工の白藤栄子さん、金属の北川清子さん、化学の矢谷康子さん=1994年3月

 「なんでですか。理由をいってください」。矢谷康子さんは思わず叫びました。でも裁判長はそそくさと退廷…。二〇〇一年三月二十八日、大阪地裁で住友化学の判決が出たときのことです。

 住友電工(前年)と住友化学の判決は、「ジェンダーバイアス(性的偏見)」のひどさがきわだちます。その一例。矢谷さんは実母がなくなったとき、忌引休暇は「実父母の場合七日、配偶者の父母なら五日」と就業規則にあるのに、五日しかとれませんでした。結婚した女性は実の親より婚家の親の方が大事だと…。

 その点で判決は何といったか。《この取り扱いは地方の実情をふまえたもので、男女差別の問題というより旧来の家制度の名残だ》「女性は結婚した先の家に入るものと、妻の人格を認めない家制度は男女差別そのものじゃないですか」と矢谷さんは怒ります。

 住友三社の裁判を担当するのは松本哲泓(てつおう)裁判長。“女は銃後の守りでよい”など会社の発言も「当該上司の問題。会社が非難されることではない」といっています。昭和四十年代の「社会通念」などを理由に「採用区分は公序良俗違反とはいえない」とした判決の根底に、性別役割分担意識にとらわれた偏見があることは明らかです。

 「これでは公正な裁判は望めないし、そんな裁判官の審理は受けたくない」と一審進行中の住友金属の原告、北川清子さん。金属の原告(四人)は松本裁判長らの忌避を申し立てました。

 北川さんは、住友の原告九人の最年長です。一九三九年徳島県生まれ。「貧しい時代の貧しい家庭で育ち、楽しみは本を読むことしかない」文学少女でした。つぶれない大きな会社にと、五九年に入社当時、「二十二歳すぎて働くなんてとんでもない。結婚してやめる女性は、お振り袖姿で社内をまわってあいさつさせられた」というからおどろきです。中には会社に隠して結婚する人も。「新婚旅行にたつ大阪駅で、会社の人に会わないかと発車までドキドキしたって話もききました」

 そんな会社で公然とミセス第一号になったのが一九六五年。結婚して働く女性に“風当たり”は猛烈でした。ある女性は新婚旅行から帰り出社すると机がありませんでした。「地下四階の廃物倉庫に捨てられたのよ」と教えてくれた女性と二人で地下四階から運び上げましたが、男性はだれも手を貸さなかった…。

 北川さんは新婚三カ月目、「おれが引き取って辞めさせてやる」という部長の職場に配転されます。仕事を与えられない状態が一年半つづきました。

 北川さんは書いています。《毎日が苦痛の日々でした。この苦しい、くやしい時期(66年)に、住友セメントの鈴木節子さんの『結婚退職制は憲法違反』という判決は、私の心の大きな支えでした。同じ住友グループの封建的な職場の中で、裁判までして頑張っている人がいる。私も頑張らなければと思いました》

 結婚さえ冒険の会社です。六八年に長男を出産して出勤すると、部長は退職を迫って、ば倒しました。「犬猫でも母親の手で子どもを育てているのに、君は保育所に預けている。君は犬畜生にも劣る。人間を生産する機械か」――。(つづく)

 


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