2002年1月10日(木)「しんぶん赤旗」
庄子 二十一世紀の世界の話にもどりたいのですが、今度は、もう少し長い展望でうかがいたいと思います。
経済面でも、日本が長期不況だというだけでなく、アメリカ経済のかげり、アルゼンチンの対外債務不履行など、世界資本主義の現状は矛盾と困難に満ち満ちています。ソ連崩壊のときには「資本主義の勝利」などと言った人たちもふくめて、はたしてこの先、資本主義はどうなるのかと、不安や疑問を感じている人が増えてきています。そのあたりを、どのように見ていますか。
不破 さきほど、二十一世紀を「ポスト資本主義社会が加速化」される時代と特徴づけた北東アジア国際会議の仁川宣言の紹介をしましたけれども、それもそういう見方の一つの現れだと思います。
資本主義は二十一世紀もこのまま続くのかという疑問がこれだけ広がるには、やはりそれだけの客観的根拠があると思います。
不破 一つは、世界不況の問題です。私は、雑誌『経済』でこの一月号から、マルクスの恐慌論についての連載(「再生産論と恐慌――マルクスの理論形成の道筋をたどる」)を始めたのですが、世界資本主義が四回目の恐慌(一八五七〜五八年恐慌)を経験した時、マルクスが新聞論説のなかで、こういう疑問を投げかけたんですね。“いったい、なぜこりもせずにこんなことをくりかえすのか?”
“こんなこと”というのは恐慌ではないんです。過熱投機、いまの言葉でいえば、バブルなんです。つまり、マルクスが投げかけたのは、“バブルのあと、必ず恐慌になることはわかっているのに、なぜ性懲りもなくバブルに突っ込むのか?”という疑問でした。
私は、この文章を非常に新鮮な印象で読みました。第一に、ここには、マルクスの恐慌論の核心が秘められている、と思ったんです。マルクスが恐慌論の中心においたのは、なぜ恐慌が起こるかというより、なぜバブルがくりかえし起きるか、という問題なんですね。マルクスがこの問題を研究し解明してゆく筋道は、『経済』での連載で、これからじっくり追求してゆくつもりです。
第二は、マルクスは四回目の恐慌のときに、“なぜこりもせずに”とあきれ顔でこの疑問を投げかけたのですが、私たちがいま経験している長期不況は、世界資本主義にとって十九回目の恐慌にあたるんです。数え方はいろいろありますし、呼び名も、恐慌と言ったり不況と言ったりしますが、資本主義は大ざっぱにいって十九回もの恐慌をくりかえしてきたのです。
これは資本主義にとってがまんのできない大病ですから、なんとか恐慌など起こらない資本主義への体質改善を図ろうと、あらゆる手だてをつくしてきました。いままでに編み出された最大の手だては、国家の力を総動員することで、一九二九〜三〇年の世界大恐慌のころから、政府が先頭に立って恐慌防止の手だてをつくす体制が始まりました。これが国家独占資本主義と呼ばれる体制です。第二次大戦後もかなりの時期までは、恐慌を完全に食い止められなくても、その現れ方を緩和するとか、こういう点ではかなりの成功をおさめ、これで“恐慌のない資本主義”がつくれると、言い立てられたこともあったのです。
しかし、七〇年代になると、恐慌防止の最大最強の道具立てといわれたこの体制も、その力をつかいはたして、バブルから恐慌・不況へという激震が、世界をいよいよ激しく、くりかえし襲うようになってきています。これにたいして、なかなか“打つ手”がないんですね。
しかも、最近、大問題になっているのは、バブルから不況への波のなかで、巨大な金融投機集団(ヘッジファンドなど)がある国の経済をねらい撃ちにするという状況まで起きてきたことです。一九九七年秋からの東南アジアの金融危機のときには、少なくない国が、このねらい撃ちで大打撃を受けました。
いまは、こんな無法な投機活動を防止するため、多国籍企業の活動にたいする国際的な規模での民主的規制が問題になってきていますが、その根底には、世界的規模の広がりをもつまでにいたった経済を、このまま、私的な企業の自由勝手にまかせておいていいのか、という大問題が横たわっています。これはやはり、ポスト資本主義の問題、社会主義への発展の問題につながってゆくんですね。それだけ、事態は深刻な意味をもっています。
庄子 ヘッジファンドのような投機集団は、結局、ある国の経済や通貨をゆさぶることでもうけを上げる、高騰にせよ暴落にせよ、激動の幅が大きいほどもうけが上がるという仕組みなんですね。だから、その集中攻撃を受けたら、その国の国民生活はめちゃめちゃになります。調べてみると、その背景に大銀行がいて、ヘッジファンドの資金源になっていたり、あるいは大銀行自身がそれと似たようなことをやっていたりしています。やはり、このあたりにも、資本主義そのものの害悪を実感して、資本主義のままでいいのかという声があがる大きな源泉の一つがあるように思いますね。
不破 もう一つの大きな問題は、環境破壊という問題です。「赤旗まつり」の講演のさい、調べ直してみて、問題の大きさに私自身驚いたんですよ。
昔は、公害、環境破壊といっても、地方的な問題でした。四日市の問題とか。
関口 水俣問題とか。
不破 みんな、工場や鉱山が、その地方の水や空気を汚染して、その地方・地域の住民が被害を受ける、という問題でした。ところが、いまは、そういう地方的な公害問題にくわえて、企業の経済活動による被害が、私たちが生きている地球の環境をまるごと汚染する、駄目にするというところまで広がってきた。
地球というのは、生命の存在条件を豊かにもった、実に貴重な星なんです。ところが、そういう条件は、地球が生まれながらにしてもっていたわけではありません。地球の海のなかで最初の生命が誕生して、それが私たちのような頭脳をもった知的生命体に進化してくるまでには、三十五億年もの気の遠くなるような時間がかかっています。実は、この三十五億年というのは、生命そのものが進化をとげたというだけではなく、その生命が地上で生きて活動できるように、地球を改造してその環境条件をつくりだす時間でもあったことが、わかってきました。降りそそぐ紫外線の破壊的作用から地上の生命をまもるオゾン層、温暖化を防止して、生命の存在と活動に適当な気候を保障するような大気の構成、巨大な海の存在など、これらは、みな、三十億年かそれ以上もかかってつくりあげられた「生命維持装置」です。
ところが、三十億年かけてつくったこの生命維持装置が、わずか百年程度の、もっとつきつめて言えば、最近数十年の経済活動によって破壊されようとしている、これが、地球環境問題ということの本質なんですよ。
これは、人類の未来を断ち切ってしまう危険性さえある問題で、それが現実の危険になってきた、そういう現実に直面しても、資本主義がこれに対応できない体質だとしたら、それは資本主義が地球の管理能力を失ったということだし、もはやこの体制は、二十一世紀には不適切な存在になったという結論が出ざるをえない、と思うんですね。
関口 「赤旗まつり」でも、この問題の反響は大きかったですね。たいへんわかりやすかったのは、地球には貴重な生命維持装置があるということ、それは三十数億年もかけてつくりだされたものだということ、そして、最後に、資本主義は地球の管理能力を失ったということ、これがみんなのなかに、ぐうーんと残りました。
不破 そう思ってマルクスを読み直して、資本主義の矛盾にたいするマルクスのとらえ方はすごい、とあらためて感心しました。
マルクスは、資本主義の矛盾を鋭くし、より高度な社会形態への発展を避けられないものとする最大の原動力を、生産力をあらゆる制限をこえて発展させる資本主義の本来的な傾向のなかに求めたんです。この無制限の生産拡大の傾向が、搾取と利潤追求を基盤とする狭い枠組みとぶつかりあって、いろいろな分野で破壊的な働きをする、これが資本主義の矛盾にたいするマルクスのとらえ方でした。
ただ、マルクスの時代には、その矛盾のもっとも激しい形での現れが恐慌だったから、マルクスも、資本主義の矛盾の具体的な現れとして、生産力のはてしない発展と搾取されている生産者たちの消費力の狭さとの矛盾――恐慌の原因となるいわゆる「生産と消費との矛盾」――を強調しましたし、私たちも、矛盾をもっぱらそこでとらえるという読み方に、おちいりがちでした。
しかし、よく読んでみると、マルクスのとらえ方は、単線ではないんですね。恐慌に爆発する「生産と消費の矛盾」を重視しながらも、資本主義の根本の矛盾はそのさらに奥のところに位置づけ、生産の限りない発展への傾向と利潤第一主義の狭い枠組みとの衝突というより広い形で定式化していて、その衝突が引き起こす破壊的な作用をすべて視野におさめられるようにしています。「科学の目」のすごさですね。
マルクス自身も、たとえば、『資本論』のなかで、工場や鉱山などの生産現場の環境が、労働者の健康と安全にとっていかに有害な状態に放置されているかという問題をとりあげたとき、資本主義は、人間そのものを途方もないやり方で浪費しながら、「人類社会」のより高度な形態(社会主義、共産主義の社会)を準備する、こんな皮肉な告発をやっています。資本主義の根本の矛盾は、こういう面でも破壊作用を発揮する、という指摘ですよ。
資本主義の矛盾のその破壊作用が、現代では、地球環境の破壊という想像を絶する規模で集中的に現れている、これはまさに二十一世紀が解決をせまられる大問題です。地球の生命維持装置がこわされてしまったら、かんじんの「人類社会」そのものが失われてしまうわけですからね。
庄子 その意味では、資本主義の矛盾の極限状況ですね。
不破 世界的な問題では、いわゆる“第三世界”の貧困の問題――南北問題も重大です。ここでも、資本主義全体の功罪が問われています。
ことの起こりは、資本主義が、どんな限界をもこえて発展するというその本性から、地球上のすべての民族、すべての社会を強引に資本主義のレールに引き込んだところにあります。
資本主義のレールに引き込まれたといっても、その社会の内的な必然から資本主義になったわけではないのです。地球の広大な部分が強引に資本主義化されましたが、そのなかで、資本主義のレールをともかく自分の足で歩けるようになったのは、ごく少数の例外的な国ぐにでした。圧倒的な部分は、植民地として、資本主義の本国が支配者として君臨しての引き込みで、資源や労働力は略奪する、旧来の経済構造は破壊するなど強行されましたが、それに代わる発展的な経済構造を、それぞれの国につくりだすことはできなかったのです。
第二次世界大戦後、植民地体制が世界的に崩壊して、アジア・中東・アフリカ・ラテンアメリカの国ぐにが独立をかちとり、あるいは従属国の状態からぬけだすなどの、政治的には巨大な前向きの変動が起こりました。さきほど強調した非同盟諸国の運動などが発展する政治的な地盤はここにあったのですが、では独立をかちとったこれらの国ぐにの経済はどうなっているかというと、たいへんな貧困と苦難の連続です。統計的に見ても、二十世紀の最後の二十年間に、国民一人当たりのGNP(国民総生産)が下がり続ける、これが“第三世界”の一般的な傾向だというのです。
IMF(国際通貨基金)が、いろいろな国を相手にこの経済危機を打開する処方せんを書くのですが、それが資本主義型の市場原理をもとにつくった青写真で、現場ではまったく通用しない。結局、資本主義には、いまの南北問題を解決する力の持ち合わせがないことを、証明しただけでした。
状況は、国ごとに複雑ですが、大きく見て、現在の“第三世界”の貧困というものの根底には、そういう歴史があるのです。資本主義の歴史的な責任は明白ですが、その資本主義がこれを解決する力はもっていません。ここにも、二十一世紀の世界を動かす大きな力の源泉があります。
いろいろな角度から見て、二十一世紀の世界というものは、資本主義を乗り越え、社会主義に向かう新しい流れが起こる世界史的な必然性をもった世界だと思います。(つづく)
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