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笹山 尚人さん(弁護士)

格差の底を押し上げる法制度を〜社会保険上の問題

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 今回も多数のコメントを拝見させていただきました。大変悲痛な現場の声が多数寄せられていたと思います。その中で、今回は、非正規雇用の社会保険の問題について触れられたものと、労働者派遣というシステムをなくして欲しいという声について考えてみたいと思います。

1,社会保険について

(1) 法律は、労働者が働く過程で、事故や事件に見舞われたり、病気になったりしたときのために、健康保険、厚生年金保険、雇用保険、労災保険という4つの保険制度を備えて、私たちが労働するということを全うすることができるような補償制度を設けています。法の定める要件を満たさなかったり、そもそも労働者とは言えず、これらの制度の適用を受けない場合は、国民健康保険や国民年金の制度を活用する必要があります。

 さて、パートやアルバイトといった非正規雇用の雇用形態の場合、もちろん、事業主が加入手続きをとるのはいっこうにかまいませんが、一律に加入義務が発生する取り扱いにはなっていません。どのような場合に保険加入が法的に強制されるのかについては後掲の注を参照して下さい。

 現実には、加入義務があるにもかかわらず事業主が全く手続きを行おうとはしないケース、法の定める基準以下の場合に加入させなくても良いのかといった問題、また、保険料の負担が重い場合の対処といった問題が山積しています。場合によっては、いくつかの事業所に雇用されている関係で、一つひとつの契約を細切れに観察すれば基準を満たさないが、その人個人でトータルの労働時間を考えれば基準に該当する場合をどのように取り扱うのかといった問題もあります。

(2) 加入義務があるのに加入させなかった場合については、労働組合に加入して、労働組合から是正の要求を出せばただちに改善される場合が圧倒的です。また、この際、使用者が法律違反をおかしたということで、労働者負担分相当の未払いの保険料について使用者に全額負担させるような交渉を行い、勝ち取るケースもあります。ぜひ労働組合に相談されるべきでしょう。

 また、私たちの法律相談では、保険加入をする場合には賃下げをセットにするといった使用者の対応がしばしば見られます。もちろんこれは違法です。社会保険の加入手続きは、法によって強制されている問題であり、賃金とは何の関係もありません。社会保険の加入によって事業主の負担が重くなるから賃金でバランスを取ろうという考えは、使用者のアイディアとしては理解できますが、法律に許容されている考え方ではありません。使用者からこのような申し出を受けた場合は、毅然と断りましょう。

(3) 法の定める基準以下の場合に加入させなくても良いのかといった問題、また、保険料の負担が重い場合の対処といった問題など、政治的に解決しなければならない問題も多くあります。社会保険制度が、労働者の生活にとって必要不可欠なものであることは間違いありません。これらの制度の拡充を、要求として政治の世界に届けていく必要があります。

2,労働者派遣について

 今回寄せられた声の中に、労働者派遣をなくして欲しいというご意見が多くありましたが、私もまったく同感です。

 労働者派遣は、労働者供給事業として、職業安定法44条によって1985年まで禁止されてきました。1985年に、労働者派遣法が制定され、この法律による規制を厳格に守ることを条件に、常用代替ではなく、臨時的労働力の補充を満たすものとして、解禁されたのです。労働者派遣自体は、このように労働者供給が例外的に法の定める条件のもとで解禁された制度ですから、法の定める条件を満たさない場合、すなわち派遣法違反が見られた場合は、ただちに原則である、このような間接雇用形態の禁止、直接雇用化への道へ戻すべきなのです。

 現在の派遣法は、臨時的な労働力の補充と言うには、あまりに規制が緩和されており、実質的に常用代替の制度として利用されており、また、そのような弱い規制でさえも、ろくに守られていないのが現状です。

 今回厚生労働省が、偽装派遣が認められた場合は、直接雇用を選択肢の一つとした指導を行うべしとの行政指導を行う旨の態度を明らかにしました。これは運動の前進として重要な成果といえますが、さらにさかのぼって、常用代替の制度として活用されている労働者派遣制度そのものを見直す必要があるのではないかと私は考えています。

 しかし財界は、これとは逆に、労働者派遣法の規制を更に緩和させ、より使い勝手のいい派遣制度の確立をめざしています。このコーナーに寄せられているような労働者の声を、大きな世論にしていくことの必要性を痛感します。

※注

 健康保険と厚生年金保険はセットで加入するものとなっていますが、パート・アルバイトの労働者が、これらの加入対象となるか否かについては、原則として「1日または1週間の所定労働時間および1ヶ月の所定労働日数が通常の労働者の就労者のおおむね4分の3以上である者」という基準が設けられています。

 雇用保険の場合は、雇用形態に関わりなく、1週間の所定労働時間で基準が設けられています。1週間の所定労働時間が30時間を超える場合は、雇用形態の別に関わりなく、通常の保険者と同様の適用となります。30時間未満の場合は、?1週間の所定労働時間が20時間以上であること、?反復継続して就労(派遣就業)するものであること、という要件があります。?の要件については、1年以上引き続き雇用されることが見込まれるということがメルクマールです。登録型派遣の場合は、週の労働時間が20時間以上であるか、反復継続して派遣就業するものである場合は、加入できます。この場合、同一の派遣元であれば、派遣先は変更されていても差し支えありません。

 これらの要件を満たさない場合、加入を求めることはできても、事業主がその手続きをしないことは、少なくとも違法のとがを受けることではないのです。



プロフィール

ささやま・なおと

1970年生。1994年中央大学法学部卒。2000年弁護士登録。東京法律事務所所属。登録以来,労働事件と労働運動を主たる活動分野として活動中。著書に,『最新 法律がわかる事典』(石井逸郎編の共著,日本実業出版社)、『「働くルール」の学習』(共著、桐書房)。

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