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笹山 尚人さん(弁護士)

写真労基法違反は、刑事罰として立件も可能。十分な根拠資料を

1,ホームページに寄せられたコメントを拝見しました。今回は、いずれも深刻な労働実態が示される中、長時間労働の監督に関して、労働基準監督署の職員を増やし、会社をきちんと監視して欲しいというコメントがいくつか見られました。そこで、労働行政については以前コメントさせていただきましたが、それに補足する形でコメントさせていただきたいと思います。

2,労働基準法は、細かく見ていくと、3つの役割を持つ法律です。

一つは、私法といって、労働契約という、使用者と労働者の私人間の契約関係を規律する法律という役割です。労働時間は8時間以下でなければならないとか、解雇するには合理的な理由が必要だとか、私人間の契約関係の規律に関する部分です。
 二つめには、行政法規としての役割です。たとえば就業規則を作成したり改定したりした場合は、これを最寄りの労働基準監督署に届け出なければならない、としているように、行政庁の監視監督が予定されている点が二番目の特徴です。
 最後に、刑事法としての役割。労基法違反を行った使用者に対しては、罰金という形で、刑罰に問うことができるというもので、労基法119条以下の「罰則」の章がそれにあたります。

3,従前コメントしたのは2番目の行政としての役割についてでしたから、今回は、この刑事法の役割について考えてみましょう。なぜこのような刑事法の規定が盛り込まれたかというと、労基法違反が見つかった場合それは刑事罰に付されるとすることで、そのことによって使用者は不名誉を負い、また、財産上も不必要な出費を強いられることになります。したがって、刑事罰が科されるかもしれないということを圧力にして、労基法をしっかりと使用者に守らせていく、それが刑事罰が盛り込まれた意味なのです。
 この規定は現に時々発動されております。最近では、コンピュータで有名な「デル」という会社が、職業安定法違反ということで罰金に処せられたことがニュースになりました(朝日新聞05年8月11日付報道より)。

4,労基法違反を刑事事件として考えた場合、それは刑事罰の問題ですから、警察が捜査し、それを検察庁に送検し、検察庁が起訴ないし不起訴を決定して、起訴されればそれが労基法違反として裁判所の裁判にかけられ、裁判所の判決にしたがって罰金が科せられます。これは、手続きとしては、物を盗んだり、人を殴ったりした場合と全く同じです。ただし、捜査する警察権は、警察のほか、労働基準監督官も司法警察権を有しており、労働基準監督官も捜査することができます。

5,これは以前にもコメントしましたが、労基署に事件を持ち込む際、いつも悩ましいのは、労働行政に携わる公務員としての労働基準監督官が非常に少ないことです。労働基準監督官が少ないことは、刑事事件の立件を困難にしています。
 しかし、彼らがきちんと動いてくれれば、刑事事件として立件されることがむしろ圧力となって民事の問題も含め解決の端緒を得られる場合も多いのです。また、彼らが刑事罰を受ければ、そのことによって当該企業のみならず、違法なことをすると刑罰の対象となると多くの使用者に伝えることにもつながります。

6,そこで、私としては、皆さんに労働基準監督署や警察に対する刑事告訴をすることもお勧めしたいと思っています。もちろん全てのケースにおいて一律にということではありませんが、労働関係の問題では、刑事事件として告訴するということははじめから選択肢としてカウントされていない場合が多いと思うのです。はじめから選択肢からはずしてしまうということは間違いであり、活用すべきときは積極的に活用するという姿勢であっても良いのではないでしょうか。

7,刑事事件として立件したいとして労基署等に事件を持ち込む際、注意しなければならないことは、捜査機関が労基法違反を認定するだけの資料を持ち込む必要があるということです。仮にもある使用者を処罰してくれというからには、第三者からみて、違法が明らかに見て取れる根拠資料が必要です。労基法違反の実態のメモや会社配布の文書等、書面の証拠をできるだけ収集することが必要になってくることに注意して下さい。


プロフィール

ささやま・なおと

1970年生。1994年中央大学法学部卒。2000年弁護士登録。東京法律事務所所属。登録以来,労働事件と労働運動を主たる活動分野として活動中。著書に,『フリーターの法律相談室−−本人・家族・雇用者のために』(共著、平凡社新書 05年10月発行 760円)、『最新 法律がわかる事典』(石井逸郎編の共著,日本実業出版社)、『「働くルール」の学習』(共著、桐書房)。

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