各分野政策(2013年)

2013年参議院選挙各分野政策

33、教育

「世界最低水準の教育予算の引き上げ・重すぎる教育費負担の軽減」「ゆきすぎた競争主義からの脱却」

「〝上からの統制〟をやめ子どもの権利を保障する」――この立場から教育を立て直します

20136


 教育はすべての子どもたちに不可欠なものであり、その子どもたちが未来をつくります。ところが日本の教育は行き詰まり、世界から見ても大きな歪みをかかえています。

≪三年連続世界最低の教育予算水準、重すぎる教育費負担≫

 その一つは、教育予算があまりに貧しいことです。世界各国は、最近の経済不況の時も教育予算を増やしましたが、日本は教育予算を抑制してきました。その水準(教育機関に対する公財政支出のGDP比)はOECD諸国平均の七割以下で、三年連続最下位です。

その結果、国民は高額な教育費負担に苦しんでいます。私立大の初年度納付金は130万円を超え、国立大でも80万円を超えています。奨学金も利子つきで、大学を卒業した時点で600万、700万円の借金を負うことになります。ヨーロッパの国では、大学の学費がゼロで返済不要の奨学金制度が整っている国も少なくありません。またヨーロッパの国々が20人、30人以下の少人数学級なのに、日本の基準は基本的に一学級40人です。

しかも安倍政権は、始まったばかりの35人学級化を小学校二年生で中止させ、〝高校授業料無償〟には所得制限を検討するなど、その姿勢はたいへん後ろ向きです。私たちは、教育予算を国際水準まで引き上げ、子どもたちに豊かな教育を保障します。

≪子どもたちの力を弱めている、ゆきすぎた競争≫

二つ目に、日本の教育は〝子どもを競争させ、ふるいにかける〟という、古い競争教育にとらわれたままです。欧米では高校入試が基本的にないなど、日本のような競争的な制度はありません。国連・子どもの権利委員会も日本政府に「高度に競争的な教育制度」が、子どもたちにストレスを与え発達に障害をもたらしていることを厳しく指摘し、その改善をもとめています。

自公政権は「競争で学力向上」といって全国学力テストを開始し、夏休みは短くされ、子どもたちの小さい時からの塾通いも当たり前です。しかし皮肉なことに、子どもたちは〝世界一の勉強嫌い〟で、みんなで討論したり、みずから勉強することが苦手だと指摘されています。また競争教育が、子どもたちの人間関係をつくる力をなえさせ、自己肯定感情も傷つけていることも大きな問題です。

≪教育をゆがめている、上からの統制≫

さらに、日本ほど国家が教育の自由を奪っている国もありません。

上意下達の教育は、子どもを人間として尊重することを忘れ、学校を人間味の薄い形式的な場にしてきました。教育委員会のいじめ隠蔽もその表れです。ヨーロッパでは、教育の自由や子どもの権利が一定のルールとなり、保護者・生徒・教員が話し合って学校を運営する制度もあります。

こうした日本の教育の歪みは歴代の自民党政党がつくりだしてきたものです。日本共産党は「世界最低水準の教育予算の引き上げ・重すぎる教育費負担の軽減」「ゆがんだ競争主義からの脱却」「〝上からの統制〟をやめ子どもの権利を保障する」という三つの立場で、日本の教育を立て直します。

≪世界に通用しない子どもに育て上げる教育にしていいのか≫

安倍政権の教育政策には、さらに見過ごせない重大な問題があります。

「従軍慰安婦」問題など国内外で大きな問題となっている歪んだ歴史認識を、子どもたちに教え込むために、教科書の大改悪を狙っていることです。自民党は、侵略戦争美化に歯止めとして設けられた教科書「近隣諸国条項」の見直しや、歪んだ歴史認識の教科書を政治の圧力で採択できるようにする教科書採択制度の改悪を主張しています。最近では教科書会社の幹部を呼びつけ、圧力をかけることまでしています。安倍政権が教育関係の審議会に「従軍慰安婦はなかった」「日本は正しい戦争をした」と主張する人々をはじめて加えたことも、教科書の大改悪の布石です。こんなことを許せば、日本の子どもたちは世界で通用しない子どもとなり、日本の民主主義そのものも危うくなります。

安倍政権の教育政策の本質は、第一次安倍政権が強行した教育基本法改悪(2006年)のねらい――「海外で戦争をする国」「弱肉強食の経済社会」という今日の支配層がすすめる国策に従う人づくり――の具体化です。それは、自民党が狙う憲法改悪と一体の教育の右傾化に他なりません。

日本共産党は、こうした危険な動きに正面から対決し、平和と民主主義の精神で教育を守り発展させるために奮闘します。

≪すべての子どもたちに人間関係を築き、社会と自然のしくみを学び、自分たちの環境を変える力を≫

子どもたちは、小さい時から人と人との関係を学ぶ必要があります。それは、子どもたちを幸せにし、他人を排除せず力をあわせて生きていくことを可能にします。

子どもたちは、社会や自然のしくみを学ばなければなりません。それは、日本と世界の人々の暮らしを豊かにするとともに、自分たちを、歴史を創造する主人公に高めていきます。

日本共産党は、憲法と子どもの権利条約を生かして、そうした新しい教育をつくるために、みなさんと力をあわせます。

 ▼いじめも体罰もない学校をつくります

いじめのない学校と社会を……私たちは、昨年11月28日に、「『いじめ』のない学校と社会を――日本共産党の提案」を発表し、各地で懇談・対話を重ね、いじめや体罰問題のシンポジウムを開いてきました。被害者や関係者の声を正面から受け止め、①目の前のいじめからかけがえのない子どもの命と心身を守りきるとりくみ、②根本的な対策として、いじめの深刻化を教育や社会の問題ととらえ、その改革をすすめるとりくみを進めます。 詳しくはこちらを

 いじめに関する法制化について……子どものいじめられずに安心に生きる権利、子どもの命、心身を守る学校・行政の安全配慮義務、遺族等の「真相を知る権利」などを含むいじめに関する法制化を、国民的な検討をふまえてつくります。子どもへの義務付けや厳罰化など、かえって、はいじめ問題の解決を困難にする自公案などの誤りを正します。詳しくはこちらを

学校から体罰をなくします……肉体的な苦痛や恐怖で子どもを服従させることは、成長途上の子どもたちの体だけでなく、心に複雑で深い傷を残します。法律で明確に禁じられているにもかかわらず、少なくない学校で教員による体罰・暴力がいまだにあることは、日本の教育の重大な欠陥です。ところが政界の一部には、体罰・暴力を容認する潮流があります。自民党の国会議員は文部科学大臣政務官として、体罰による自殺事件があった大阪にわざわざ出かけ、「ありうる体罰とそうじゃない体罰の線引きが必要」と発言し、大きな問題となりました。日本共産党はこうした風潮を許さず、なぜ体罰がいけないのか、多くの人々と根本から考えあい、学校から体罰・暴力をなくすために全力をつくします。

 

▼少人数学級、私学助成の拡充などの条件整備をすすめます

 日本の教育予算の水準(GDP比3.6%)はOECD諸国のなかで最下位クラスで、諸国平均の7割にも達していません。そのため日本はヨーロッパとくらべて教育条件が大きく立ち遅れています。財界が「もっと教育予算を削れ」と圧力をかけ、歴代の政権がその言いなりになってきた結果です。いま圧倒的多数の教育関係者は一致して教育予算の増額を求めています。財界の妨害をはねのけて、教育予算をOECD平均めざして計画的に引き上げ、日本の教育条件を抜本的に拡充します。

「35人学級」を早急に完成させ、その後も少人数学級を進めます……少人数学級は子どもをていねいに育てるために必要な条件であり、国民のつよい要求です。欧米では20人、30人学級が当たり前で、日本は大きく立ち遅れています。民主党政権は35人学級をはじめましたが、財界の圧力に負けて、法律上は小学校一年生でとまってしまい、臨時的な措置で小学校二年生までかろうじて実施するという未完成な状態にとどまっています。35人学級を中学三年まで早急に完成させ、その後も学級規模の縮小を計画的に進めます。高校も少人数学級に移行させます。

公立学校の非正規教員の正規化をはかります……教育予算削減のもとで、非正規教員の割合は2000年の約6%(推計)から2012年には16・1%にまで急増し、教育条件を不安定にしています。教職員定数をふやし正規化をすすめます。夏休みなどの間は賃金保障もないなどの非正規教員の劣悪な処遇の改善をすすめます。

教職員の「多忙化」解消をはかります…….教職員は、残業月平均81時間・国の過労死ラインを上回る労働時間で働き、かつ、授業準備や子どもと触れ合う時間が取れずに悩んでいます。こうした歪んだ「多忙化」を解消するために、教職員の増員をはかるとともに、行政が作り出した不要不急の業務を整理・解消します。

私学助成を増額します……私学教育は公教育の大切な一翼を担っています。公私間格差を是正し、私学の教育条件をきちんと保障するため、当面、経常費2分の1助成の早期実現、授業料直接補助、施設助成の拡充をすすめます。

私学の自主性を守ります……「私学の自由」は、国民の教育の自由を保障する上できわめて大切なものです。2007年に自公政権が強行した「教育三法」改悪は、私学にたいする権力統制に道をひらく危険があります。日本共産党の国会質問にたいして、政府は「私学の建学の精神尊重」を認めるとともに、教員評価・学校評価を私学助成の交付要件にすることを「考えていない」と答弁しました。こうしたことをふまえ、私学の自主性を守るために全力をあげます。

学校の一方的統廃合に反対します……政府は、教育予算削減のために学校統廃合の推進を打ちだしました。しかし、小規模な学校は子ども一人ひとりに目が行き届くなどの優れた面があります。そうした条件をこわし、子どもの通学を困難にし、地域の教育力を弱める、子どもの集中でマンモス化するなど子どもの学習権を後退させ、地域の文化、コミュニティの拠点を奪う、学校の一方的統廃合に反対します。

特別支援教育・障害児教育を拡充します……特別支援学校や特別支援学級などに在籍する子どもたちが急増しているにもかかわらず、それに必要な条件整備が図られていないため、各地で「教室をカーテンで仕切って二学級が使う」など小中学校では考えられないような事態がおきています。設置基準を設け、こうした劣悪な条件を改善するために全力をあげます。

  特別支援学校は特別支援教育体制への移行により、小中学校での教育にも一定の役割をはたすことになりました。ところがそれに伴う増員がなく、多くの矛盾がうまれています。教員定数を増やすとともに、小規模分散の地域密着型をめざします。

  特別支援学級は子どもたちの障害の複雑化に対応するため、教員を増員します。通級指導教室の編制基準をもうけ、必要な教員を配置します。通学の保障をすすめます。医療・福祉など専門機関とのネットワーク、巡回相談など地域全体の支援体制をつよめます。「子どもの最大限の発達」や「社会への完全かつ効果的な参加」を目標とするインクルーシブ教育(国連の障害者権利条約)の立場から、日本の教育制度がインクルーシブ教育にふさわしいものとなるよう、国民的な合意形成をはかり、改善を進めます。(詳しくは、「障害のある子どもたちの教育条件を改善するための緊急提案」をご参照ください)

学校耐震化、防災拠点としての整備をすすめる……東日本大震災はあらためて、学校の防災拠点としての重要性を明らかにしました。しかし少なくない学校で避難所・防災拠点として必要な水や燃料、毛布などの整備が十分ではありません。国の制度を確立し、整備を進めます。学校の耐震化はある程度進みましたが、いまだに約1割の学校が対策を講じられていないと考えられ、一刻も早い対策が求められています。また、地震の際には天井材、内外装材、照明器具、窓ガラスなどの非構造部材にも被害が生じ、子どもらへの重大事故につながりかねません。ところが、非構造部材の対策を行っている学校は全体で3割程度にとどまっています(2012年4月1日現在)。耐震化の遅れの背景には、地方財政の逼迫があります。国の予算を増額し、全ての耐震調査・耐震化工事への補助率と補助単価をひきあげるなど、保育園や幼稚園も含めて遅れた耐震化を確実に進めるようにします。

公立図書館、学校図書館を拡充します……公立図書館、学校図書館の整備を図るため、国の財政措置を充実させます。日常の生活圏域に図書館を設置し、司書の配置、資料費の増額を図り、住民の知る権利の保障と地域の振興に資する公立図書館を整備します。学校図書館に専任・専門・正規の学校司書を配置し、蔵書と機能を充実させます。子どもの読書推進計画は、公立図書館や学校図書館などの整備推進をはかる目的で策定し、「読書冊数」を競わせることがないようにします。図書館サービスと機能の変質につながる、公立図書館への指定管理者制度導入、図書館運営の民間企業への委託に反対します。

学校給食を拡充します……安全で豊かな学校給食のために、地産地消、自校方式、直営方式などをすすめます。中学校給食、高校給食をひろげます。学校給食費の未払いをすべて保護者の責任にするのではなく、無償化の方向を検討するとともに、生活の実態に応じて、必要な免除措置をすすめるようにします。

保健室を充実させます……学校の保健室は、医師、カウンセラーなどの専門家と連携して、子どもの心身を支える、多様でかけがえのない役割を果たしています。養護教諭の複数配置をすすめるなど拡充をすすめます。

学童保育などの拡充をすすめます……共働き家庭やひとり親家庭が増えるなかで、小学生の放課後の生活と安全を保障する学童保育の役割はいっそう大きくなっています。この間、政府は学童保育の増設をすすめましたが、2012年度の待機児童は五年ぶりに増加に転じ7251人、厚生労働省の「放課後児童クラブ運営指針」が示す上限の71人を超える過密な施設も増加し1251施設となりました。また、全体の一割弱の市町村が学童保育を実施していません。学童保育はまだまだ不足しています。希望する子どもが全員入所できるよう施設整備費を大幅にふやし、学童保育の新・増設をすすめます。その際、数を確保するだけでなく、子どもたちに負担を強いる大規模化を解消し、適正規模化(40人)をすすめます。

  必要な子どもがすべて学童保育に通うことができるように、高学年や特別支援学校の子どもが学童保育の対象であることを明確化します。保育料の減免を制度化し必要な財政措置を行います。

  厚生労働省は「放課後児童クラブ運営指針」を定め、適正な規模を示しましたが、施設の広さや職員の配置の面できわめて不十分であるうえに、法的拘束力のある「基準」ではありません。「遊びと生活の場」にふさわしく、専任の常勤職員の複数配置、施設の広さや設備など、安心して生活できる設置・運営基準を法的拘束力のある基準として定めます。

  障害児の人数、障害の程度によって必要な指導員の配置が行えるよう加配の基準を定めます。指導員の半数は、年収150万円未満で、非正規が多く、三年で半数が退職せざるをえず、不安定で働き続けられない劣悪な条件におかれています。専任・常勤・複数の指導員配置や、労働条件の改善のため運営費補助の抜本的な引き上げをおこなうとともに、研修の充実をはかります。

 学童保育指導員の公的資格(学童保育指導員(仮称))を創設します。20人以下の学童でも常勤職員を複数配置できるようするとともに、10人以下の小規模学童への支援を行います。これらにふさわしく国の予算の抜本的な増額・拡充を図ります。「放課後子どもプラン」は、学童保育、放課後子ども教室をそれぞれ拡充します。

外国人教育、夜間中学開設を推進します……日本に居住する外国人登録者は200万人を超え、新たに結婚する20組のうち1組は外国籍の人との結婚といわれています。内外人平等を保障した国際人権規約、子どもの権利条約にもとづき、公立学校への受け入れ体制の整備、外国人学校への支援、日本語教室設置、公立高校への入学資格の改善など在日外国人の子どもの教育を保障します。

 夜間中学は、戦争の混乱や経済的な理由により教育を受けられなかった多くの人、不登校の子ども、障害者、中国帰国者・在日外国人らにとってかけがえのない義務教育の場となっています。ところが全国にわずか35校しかなく、06年には日弁連からも夜間中学増設の意見書が提出されました。今ある中学校の二部授業として夜間中学の開設を全国ですすめます。外国人の賃金未払いや劣悪な労働条件の改善、福祉・医療を受けやすくするとともに、地域での共生をすすめます。

社会教育、文化、スポーツ施策を拡充します……2007年、改悪教育基本法の具体化として、社会教育関連法の改悪がおこなわれました。とりわけ、社会教育の自由、自律性が損なわれる危険は重大です。私たちは、そうしたことのないようとりくみをつよめます。同時に、公民館の増設や専門家の増員など社会教育施設の拡充をはかります。児童館、公園、スポーツ施設などの増設、拡充をすすめます。子どもの安全や文化環境を貧しくする民間委託に反対します。スポーツ・文化活動への公的援助をつよめます。学校などでの文化芸術鑑賞などの予算を拡充します。青少年に有害なサッカーくじの廃止を求めます。

 

▼教育費負担の軽減・無償化をすすめます

 子どもを持つ上での不安のトップはどの世代も、「経済的負担の増加」です(内閣府調査)。なかでも教育費の負担は重く、高校入学から大学卒業にまでかかる費用は子ども一人当たり平均1042万円、子どもにかかる教育費用は年収の37.7%にのぼり過去最高です。年収200〜400万円の世帯では57.5%に達します(日本政策金融公庫調査)。

 わが国の憲法は国民に「ひとしく教育を受ける権利」(第26条)を保障し、教育基本法は「すべて国民は…経済的地位…によって、教育上差別されない」(第4条)としています。この精神にてらしてあまりに異常な状態といわなければなりません。

国際人権規約を生かした無償化のプログラムをつくります……日本共産党はこの事態を打開するため、「高校と大学等を段階的に無償化する」という、国際人権規約を認めることを強く主張してきました。国民の皆さんの運動とあいまって、昨年民主党政権時に、政府は無償化条項を承認しました(「留保の撤回」)。ところがその後、無償化の具体化が検討されていません。高校、大学、専門学校の無償化の目標をいつ達成するかはっきりさせ、それにむけて段階的に無償化をすすめるプログラムを策定します。

高校無償化の後退、廃止を許さず、私立高校も含む無償化をすすめます高校は進学率97%を超えた「準義務教育」ともいうべきもので、その無償化は世界の流れです。高校で学ぶ機会を制度として保障することは、国際人権規約にも定められた当然の権利です。

ところが安倍政権は、高校無償化に所得制限を導入することを明言しています。所得制限は制度の理念を否定し、世界的に確立された授業料無償化の流れに逆行するものです。ましてや廃止など言語道断です。

こうした動きに歯止めをかけ、2010年度から始まった「高校実質無償化」の制度をさらに前にすすめます。

――私立高校は入学金、施設整備費の重い負担があることに鑑み、(1)全員の授業料部分の実質無償化(おおむね平均額36万円支給)、(2)入学金や施設整備費については、年収500万円未満世帯の全額無償化、800万円未満世帯の半額支援をおこないます。

――国公私立の「無償措置」のなかにある、年限制限など不合理な制度を是正します。

――家計がたいへんな生徒への通学、教科書、教材、制服、就学旅行、部活動等への支援制度をつくります(給付制奨学金制度)。不登校の子どもについても、高校と同等をめざし、学習への公的支援を強めます。義務教育の学齢も同様の措置をとります。

――安倍政権は、朝鮮学校に対する就学支援金は支給しないことを決定しました。しかし、内外人平等の国際人権規約などに照らしても、支給することは当然のことで、撤回すべきです。国際条約に基づき朝鮮学校など外国人学校に無償化措置を適用します。

乳幼児教育の負担軽減を進めます……乳幼児は人格の土台をつくる大切な時期です。ところが、日本の乳幼児教育の予算はOECD平均の半分しかなく、足りない保育園、保育園の民営化など量質ともに貧弱で、負担の重さに若い保護者は改善をつよく求めています。すべての乳幼児が豊かな保育がうけられる体制を整えるとともに、無償化をめざして、保育料、幼稚園授業料の軽減を進めます。

義務教育段階の家計負担の解消を進めます……義務教育無償の原則にも関わらず、無償の対象は授業料や教科書代などに限られ、制服代、ドリル代、修学旅行積み立てなど義務教育段階の家計負担はあまりに重すぎます。義務教育にふさわしく家計負担の解消をめざし、段階的に負担の引き下げを進めます。

就学援助を拡充します……就学援助は義務教育に通う子どもの命綱です。ところが、「子どもの貧困」が広がり就学援助を強めなければならない時に、自公政権が就学援助の国庫負担制度を廃止し、各地で就学援助の縮小がはじまっています。国庫負担制度をもとに戻し、対象を少なくとも生活保護基準×1.5倍となるように引き上げ、支給額も実態にみあってひきあげ、利用しやすい制度にします。教育扶助の額も同様に引き上げます。学校給食費の未払いをすべて保護者の責任にするのではなく、無償化の方向を検討するとともに、生活の実態に応じて、必要な免除措置をすすめるようにします。

大学の「世界一の高学費」を軽減します……国公立大学の授業料標準額を段階的に引き下げ、私立大学には国立との差額を補てんするための国庫助成や私立大学生への直接助成をおこないます。国公私立の区別なく、年収400万円以下の世帯への学費免除を実施する制度をつくります。高等専門学校については、高校相当部分、高等教育相当部分それぞれの時期に即して無償化・負担軽減をおこないます。

各種学校・専門学校の負担軽減に着手します……高卒後なんらかの教育機関に進学する割合は70%に達しています。そのなかでも各種学校・専門学校の学費は年間100万円、200万円とかかるのに公的助成がありません。北欧などでは専門学校も無償です。国の責任で公的助成に着手します。

給付制奨学金の創設など安心の奨学金制度をつくります……現在の奨学金は利子つきが主で、無理な返済取り立てに苦むなど、さながら〝借金地獄〟です。奨学金をすべて無利子にし、卒業後の年収が300万円以下の場合に返済を猶予するなど返済猶予・免除制度をひろげます。就学が困難な生徒・学生のため、返済不要の給付制奨学金制度を創設します。滞納者を個人信用情報機関に通報する「ブラックリスト化」を中止します。

 

▼上からの統制をやめ、教育の自由と自主性を大切にします

 先生が子どもの声に耳を傾け、保護者ともコミュニケーションをとりながら、創意工夫しながら教育をすすめる――このことは人間的な教育にとって不可欠な条件です。

ところが、長年の自民党型の「教育政策」は、こうした教育の自主性を敵視し、教育を政治の言いなりになるように、上意下達の学校運営を押し付けてきました。しかも東京や大阪では、教育への政治的介入が露骨なかたちですすめられ、「君が代」の口元チェックなど人間性を疑うようなことまでおきています。

 私たちは、こうした教育への統制をやめ、教育の自由と自主性を大切にした、教育委員会改革、学校改革をすすめます。

教育委員会を抜本改革します……教育行政をコントロールすべき教育委員会が各地で形骸化し、国言いなり・行政追随の機関になっています。安倍政権の「教育委員会改革」は教育委員会の教育行政に対する権限を格下げし、その形骸化をいっそう進め、教育への国家統制を強め画一化するもので、改革とは正反対の方向です。教育委員会を、子どもの権利を最優先に考え、子ども・保護者・教職員・住民の意見にも耳を傾け、最善の教育を決断して教育行政をきちんとコントロールしていける組織に抜本改革します。そのために、教育委員会の機能強化、教育長に子どもの立場にしっかりたつ人物を登用するための専門職化、教育委員の公選、教育委員会の会議公開、子ども・保護者・教職員らの意見反映、教育行政職員の専門性向上などについて、国民的検討をふまえ抜本改革をおこないます。

保護者・子ども・教職員の話し合いで運営する「参加と共同の学校」……教職員、子ども、保護者らが話し合って教育を創造していく「参加と共同の学校」をめざします。職員会議の形骸化をあらため、教育方針についての合意形成の場として位置づけます。学校評議員制度や地域運営学校は教員や生徒の参加を保障し、改善します。行政の決めた数値目標に教育を従属させてゆがめる「PDCAサイクル」などの押しつけに反対します。

教員の力量発揮を保障します……「ILOユネスコ・教員の地位に関する勧告」をふまえ、教員を教育の専門家として尊重し、学校運営のみならず教育政策の決定でも重要な役割を果たせるようにします。教員の自主的研修を保障します。新任の先生を長時間子どもから引き離す、官製の「初任者研修」を抜本的に見直します。教員の専門職性を弱め、教員組織を上意下達のピラミッド型組織に変質させる主幹制、主幹教諭制度を見直します。管理職によるパワーハラスメントの予防、対策をつよめます。

「教員免許更新制」を廃止します……「教員免許更新制」のねらいは、教員の身分を不安定にして、政府言いなりの「物言わぬ教師」づくりをすすめることです。しかも、その講習は教員の研修として役立つもの、役立たないものなど様々で、とうてい免許状をあらためて保障するものではありません。大量の教員の「講習」が義務づけられるのに講習の開設義務が誰にもない、講習中の代替要員もないなど制度的にも破綻しています。同制度はきっぱり廃止すべきです。

恣意的な「教員評価」「不適格教員」制度や「教員給与の格差付け」に反対します……現在の「教員評価」制度は、教員の目を子どもから管理職や行政に向けさせ、教育を歪める有害なものです。教員評価というなら、子ども、保護者、同僚、専門家などの関与のもとで、教員が納得し、教員の努力を励ます、教育活動へのていねいな評価であるべきです。「不適格教員」のレッテル貼りや「草むしり」「密室に座らせ続ける」などの「指導力改善研修」も、教員を追いつめるだけです。子どもを傷つける教員には、子どもの成長する権利を保障する立場から毅然と対処するとともに、問題をかかえる教員の人間的な立ち直りを促す支援を重視し、そのための人員配置などの支援策をとります。行政が教員の優劣をきめて、給与に格差をつけることは、教員のあり方を歪めるもので、教員どうしの協力や連携を困難にし、子どもの教育に悪影響をおよぼすものです。つよく反対し、専門職にふさわしい処遇の改善をもとめます。

教員採用、管理職昇任を公正なものにします……教員人事の不正を根絶するため徹底してメスをいれ、公正な採用・昇任がおこなわれるようにします。採点者、選考者に受験者が特定できないようするなどの公正性、透明性の確保とともに、採点基準や解答、試験結果を公表し、採用を受験者の側からもチェックできるようにします。採用時の思想チェックはあってはならないことです。管理職試験への「推薦制」などもやめさせます。

 

▼競争の教育から連帯の教育に

 財界は、子どもたちを早くからテストの点数の物差で競争させ、ふるいにかけて、早い段階から「エリート」を効率的に育てようと、世界で例がないような競争的制度を教育に押し付けてきました。

 しかし、競争的な教育で落ちこぼされた子どもたちは、力があるにもかかわらず劣等感をかかえ、勉強嫌いになります。「できる」子どもにしても、歪んだ優越感をもち、早く「答え」を出すことの訓練で深くものを考える力が伸びなくなります。さらに「構造改革」により弱肉強食の社会がうまれたことは、子どもを競争に追い込む圧力をいっそう強め、家庭でも競争的な価値観が浸透し、子どもを追いつめています。

 世界では、教育における競争を抑えるために、高校入試はおこなわない、大学入試も一点差で決まるような競争的なものにしないなど、様々な工夫があります。国連・子どもの権利委員会も日本政府に「高度に競争的な教育制度」が、子どもたちにストレスを与え発達に障害をもたらしていることを厳しく指摘し、その改善をもとめています。

 日本共産党は、競争の教育を是正し、子どもたちが連帯して助け合いながら、自分たちの人間性と知的能力をともに伸ばす方向に転換します。

全国いっせい学力テストを廃止します……自公政権は「競争で学力世界一」といって全国学力テストを開始しました。しかしその結果は、各地で学校が平均点競争に血道をあげ、「ドリルばかりでほんらいの知育がおろそかになる」「点を上げるため先生が正解を教える」など深刻な問題が噴出しています。学力形成に有害ないっせい学力テストを廃止します。学力の全国的調査は、抽出調査で十分です。

小中学校の選択制を見直します……小中学校の学校選択制は、学校に競争原理を導入するという目的で導入されました。しかし導入した地域では、一方の学校に生徒が集中してマンモス校化する一方で入学者ゼロの学校をつくる、学校間競争に振り回されて「点数競争」など教育が歪む、地域の結びつきが弱まり教育力が低下する、など深刻な矛盾をもたらしています。選択制を見直し、子どものための弾力的で民主的な学区域制度とします。

学校予算の差別化に反対します……この間の「一貫校」構想の多くは、一部の「エリート」のための教育に公立学校予算を重点的につぎこむもので、教育格差を助長しかねません。学校評価による予算の格差配分に反対し、すべての学校の教育条件の向上を重視します。

大学と高校の入試制度の抜本的見直しに着手します……高校学区の拡大などにより、偏差値による高校の輪切りなど「選別の教育」はますます強まっています。そのことが子どもや青年をどれほど傷つけているか知れません。ヨーロッパでは基本的に高校入試を課さないなど、過度な競争から子どもの成長を守るしくみがあります。高校、大学の入試制度を抜本的に改革するための専門家、国民の検討の場をもうけ、改革に着手します。

 日本の大学入試は、大学ごと学部学科ごとに入試選抜がおこなわれるという世界に例のないような競争的な制度となっています。多くの大学が利用しているセンター入試は、短時間で多数の選択問題をこなしてその点で合否が決まる、受験科目が少なくてすめばそれ以外の科目は早くから勉強しなくなるなど、高校生たちの学習を歪める方向に作用しています。安倍政権の教育再生実行会議が、センター試験廃止の方向を打ち出した背景には、こうした制度の行きづまりがあります。しかし、それにかわって高校生に新たな全国学力テストや英語検定を課すのでは、基本的な問題は先送りしたまま、〝猫の目〟のように入試を替えて、高校生や教育現場を混乱させるだけです。ヨーロッパ諸国の大学入試にある、論述式の資格試験方式なども参考にしながら、〝ゆきすぎた競争主義からの脱却〟という立場にたった抜本改革が必要です。大学入試のあり方は、大学以下の教育のあり方を大きく規定します。日本の教育をどういう方向に向けていくのか、ひろく国民的な議論をへて、そうした抜本改革を進めます。

 

▼すべての子どもの豊かな成長を保障します

学習指導要領体制を抜本的に見直し、学力保障をすすめます……すべての子どもに基礎的な学力を保障することを学校教育の基本的な任務として重視します。暗記ではない自然や社会のしくみがわかる知育、市民道徳の教育、体育、情操教育などバランスのとれた教育をめざします。学習が遅れがちな子どもへの支援を手厚くします。「授業時数確保」の名のもとで、夏休み短縮などゆとりのない学校生活にしては、知育をふくむ人間的成長全体にマイナスです。学力保障に一番有効な施策である少人数学級こそ実現すべきです。学習指導要領は、研究者や教職員、保護者など国民参加で抜本的に見直すとともに、その強制性をあらため、戦後直後のように「試案」と明示し、子どもの状況や学校・地域の実情に即した教育課程を自主的につくれるようにします。子どもをふるいわけ、人間として傷つける危険のつよい習熟度別学習の強制に反対します。

子どもたちの人間的モラルの形成を支えます……子どもたちが自らモラルを形成できるよう、基本的人権の尊重を中心にすえた市民道徳の教育を重視します。このためには、子どもたち自身が大切にされることが重要です。学習や行事、学校運営などに子どもたち自身の声を生かし、自治の力を育てる取り組みを応援します。

 改悪教育基本法にそって、特定の愛国心などの「徳目」を上から与え、それを子どもたちに植え付けるようなやり方は、憲法が保障する「思想・良心の自由」を侵害するもので、許されるものではありません。子どもの納得を無視して、「規範意識」を叩き込むような「ゼロトレランス」(許容度ゼロ政策)は、反人間的・反道徳的なものであり、その強制をやめさせます。「心のノート」などの官製教材の強制、「伝統文化」に名をかりた「靖国参拝」の押しつけ、「道徳の教科化」に反対します。

いじめ問題の解決、体罰の根絶にとりくみます 冒頭の「いじめ、体罰のない学校を」を参照ください。

不登校の子どもの学習と自立を温かく支援します……「不登校ゼロ作戦」など学校復帰を前提とした、子どもや親をおいつめる施策をやめさせ、学校以外の学びの場をきちんと認めます。相談しやすい窓口を拡充するとともに、親の会、フリースクールなどの支援団体や家庭への公的支援をつよめます。子どもの「最善の利益」の立場から、一人ひとりの子どもの学びと人間的自立を優先させ、そのための様々な場での教育にたいし、学校と同等の公的支援をめざします。子どもたちを追いつめ、不登校の原因にもなっている、過度の競争と管理の教育をやめさせます。

学校の安全対策をすすめます……「学校災害給付」件数は年間200万件に増加し、学校での事故や犯罪から子ども、教職員らの生命を守る仕事は急務です。ところが国の施策は、通達を出すだけの「通達行政」「手引き行政」の枠をでず、学校安全対策はきわめて不十分です。「安全配慮義務」を明記するなど、子どもの「安全に教育を受ける権利」を保障する「学校安全法」「学校安全条例」の制定を支持するとともに、不審者対応を含めた安全対策のための専門職員配置や施設の改善をすすめ、住民の自主的なとりくみを支援します。

自己肯定感情をはぐくむ性教育を尊重します……性教育は、子どもを人間として大切にしようと、専門家や保護者らの努力ですすめられてきました。ところが、自民党や民主党などの国会・地方議員が、性教育の実践をゆがめて描き、一方的な攻撃をおこない、行政が教材を奪う、不当な処分をするなどの事態がひきおこされました。これらの政治介入は、違法な「教育への不当な支配」だと判決が下りましたが、政治勢力がマスコミも動員したバッシングのなかで現場の柔軟なとりくみが萎縮させられています。こうした政治的介入をゆるさず、子どもたちに科学と人権をベースに、体や心の仕組みや発達、性のちがいや多様性などを伝え、自己肯定感情をはぐくむ、自主的な性教育を尊重します。

「ひきこもり」の青年の相談・支援をつよめます……ひきこもりが今日のように数十万人にも広がった背景には、競争的な教育や不安定雇用の拡大など「弱肉強食の社会」が、人々に挫折感を与え、かつそこからの快復を支える人と人とのつながりを希薄にしてきたことがあります。安定雇用や社会保障を拡充し、「だれでも安心して生きられる」社会への転換をはかります。ひきこもりとその家族を支える児童相談所、保健所、医療機関などの専門機関を拡充するとともに、支援団体への助成をふやし、経験・知識を生かします。

 

▼東日本大震災被災地の教育の復興、放射能・原発に関する教育

 東日本大地震から二年以上が経過しましたが、被災地では教育上の解決すべき問題が今なお数多く残されています。現在進行中の福島第一原発事故による災害、放射能汚染への対応も不十分で、子どもの被曝への心配もやみません。

 子どもは復興の希望です。その子どもたちの成長や安全が保障されていない現状を放置してはなりません。日本共産党国会議員団が現地調査にもとづき震災の直後におこなった「東日本大震災――学校教育についての申し入れ」をふまえ、以下のことに全力でとりくみます。

 

地元の要望にもとづく学校再建・教育条件整備を全額国の負担ですすめます……大規模な被害をうけた学校の再建はこれからです。現地の要望は、安全な高台に移して安心な学校を建てたい、いまの校地に盛土をして校舎をより高い位置に建て直したいなど様々です。ところが国の支援が不十分なもとで、自治体によっては震災に乗じて学校の統廃合を一方的に進める動きもおきています。未曾有の津波で地域全体が大きく破壊された中での復旧であり、地元住民の要望にもとづく学校再建を全額国の負担ですすめます。私立学校や専修学校・各種学校の再建や修繕も公立学校と同様の措置をとるようにします。

「給付型奨学金」の創設などにより被災者の教育費や生活の心配をなくします……震災により保護者の生活基盤が破壊されたことは、進学の断念、生活の困窮によるネグレクトなど子どもに深刻な影響をあたえています。復興の大原則として生活基盤復活を求めるとともに、被災者への返済不要の「給付型奨学金」(程度に応じて月数万円から10万円)を創設、被災者への私立高校、専修学校・各種学校、大学等の授業料減免の拡充、被災地の給食費、教材費等を復興まで不徴収とするための国庫補助、保護者の生活を支援するスクールソーシャルワーカーを中学校区に最低一名以上配置など教育の面から子どもの教育費や生活の心配をなくす手立てをとるようにします。震災によって親を失い、孤児となった子どもへの支援の体制を拡充します。

福島をはじめ被災地の教職員定数をふやします……子どもの心のケア、生活の心配、学習の遅れなど、被災地の学校は多くの課題がある一方、教職員自身も被災し困難をかかえています。子どもたちをていねいに育てられるよう、被災地の教職員定数の増員をすすめます。とくに原発事故により福島県では多数の子どもが他県に避難し、また、避難しなくとも被曝を心配しながら教育活動を続けなければならないなど、きわめて困難な状態が続いています。ところが国の教員配置に関する措置は、震災前の教職員数の維持とたいへん不十分です。困難な状況に対応したいっそうの手厚い条件整備をすすめます。

線量調査、除染など被曝低減対策、健康調査をすすめます……原発事故による被曝から健康を守る原則は、「これ以下なら絶対に大丈夫という値はない」という考え方(「しきい値なし」)にたち、被曝量を可能な限り下げることです。とくに子どもは大人より感受性が高いわけですから、被曝量をより低く抑える必要があります。ところが国は、子どもの被曝限度を「事故収束後の復旧期」の最大値である「年間20ミリシーベルト」とし、当初は被曝量を下げるための校庭の表土削除すら「必要ない」として保護者らの激しい怒りを呼びました。こうした対応をあらため、被曝低減対策、健康調査、学校給食の安全対策、線量の高い地域の子ども・保護者が、無償で各地の「林間学校」等公的施設で休暇をとれるような措置をすすめます。

原発推進教育を中止し、原発と被曝についての科学的な教育を保障します……自公政権は2002年から、原子力発電所立地を目的とするエネルギー特別会計によって偏った原発推進教育をすすめていました。すでに「原発安全神話」が書かれた副教材「わくわく原子力ランド」等はわが党の追及で「見直し」となりましたが、それにかわって発行された副教材は、原発事故についての反省もなく、放射能や被曝の過小評価を子どもに与えるような内容となっています。こうした原発推進教育の影響を一掃して、原発や被曝に関する科学的な教育が自主的にとりくめるようにします。

 

▼憲法の平和・人権・民主の原理にそった教育をすすめます

 憲法は、国民の教育を受ける権利を定めています。教育は何より子どものためにあるもので、子どもたちの学習し成長する権利にこたえ、それを満たすためのものです。戦前のように〝教育は国家のためにある〟として時の権力の都合で教育を左右することは、平和・人権・民主主義の憲法の精神に相容れません。

 ところが、自民党は「戦後教育は間違いで、戦前の教育を再生しよう」「子どもの権利など認めてはならない」など極右的な主張を教育に持ち込もうとしています。

 私たちはこうした動きに断固として反対し、憲法や子どもの権利条約の精神を生かした教育をすすめます。

侵略戦争の美化・肯定の公教育へのもち込みを許しません……安倍政権は、侵略戦争への反省は日本社会が国際社会に復帰する際の条件であり、日本社会に民主主義を定着させ、その日本社会への誇りを培う上で不可欠のものです。公教育が侵略戦争の美化・肯定をおこなうことは許されません。その立場から、歪んだ歴史認識で教科書を大改悪しようとする自民党などの動きに正面から立ち向かい、侵略戦争と植民地支配の歴史的な事実と反省を子どもに伝える教育を大切にします。そうした教育でこそ、日本の子どもたちの人間的な誠実さや誇りを育みます。そうしてこそ、世界・アジアの人々と肩を並べて生きていく子どもたちが育ちます。

教科書制度を改善します……教科書の検閲的な検定は今でも、教科書を魅力のないものにしていますが、自民党は、教科書検定基準をいっそう詳細に具体的にし、そのおおもとにある学習指導要領も「詳述化」させようとしています。これでは教科書は画一化され、さながら戦前の〝国定教科書〟のようになってしまいます。そうした動きに歯止めをかけます。同時に検定制度そのものをやめ、教科書は、専門家や教員、保護者らからなる第三者機関が検討し、認証するような認証制度とし、開かれた討論を通じて教科書が真理真実に即し、魅力あるものになるようにします。教科書採択は、教育委員会が独断で決めるのでなく、当該の教員や保護者らの意向を反映して採択が行われるようにします。

子どもの権利条約を教育に生かします…… 子どもの権利条約は、日本政府も批准しており、その精神と各条項を、政府、自治体ともに遵守することは当然のことです。「意見表明権」「余暇・休息、遊 び、文化の権利」など子どもの権利を学校などあらゆる教育の場で生かし、それに反する制度や法令を見直します。同条約を学校その他の場で子どもに教えるとともに、教職員や行政関係者をはじめとする大人全体に条約の普及をはかります。子どもに関する施策への子どもの意見反映をすすめます。

「日の丸・君が代」の強制に反対します……憲法19条(思想、良心、内心の自由)に違反する、「日の丸・君が代」の強制に反対します。入学式・卒業式は、子どもにとって最善のものにするため、教職 員、子ども、保護者で話し合って行なえるようにします。その際に「君が代」斉唱がある場合でも、アメリカのように、斉唱を拒否する自由が生徒にも教職員にもあることを明確にして、内心の自由を守ります。

憲法と子どもの権利条約に基づいて、教育基本法を改めます……教育への国家的統制を進める改悪教育基本法(2006年)を、憲法と子どもの権利条約に基づいて再改正するための国民的討論を進める場を設けます。そのな かで、戦前の教育を反省し、教育の目的を「人格の完成」にすえた、戦後初期の教育基本法(1947年)の精神を受け継ぎ、発展させることを重視します。

 

 

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