■乳幼児医療無料化へ法案提出
日本共産党国会議員団は2002年5月と2003年6月に、「乳幼児の医療費無料化法案」を提出しました。就学前まで乳幼児の窓口負担分を無料とし(所得制限なし)、費用は国が2分の1、都道府県と市町村が各4分の1ずつ負担するというものです。提案には無所属議員も名を連ねました。
日本共産党国会議員団は、1971年に国の制度とすることを国会でとりあげて以来、ねばり強く要求しつづけてきました。また日本共産党は国会とともに各地方議会でとりあげ、女性や市民、医療団体などと力をあわせ運動してきました。1972年当時は、約500市町村で実施されていましたが、現在では全国すべての自治体で乳幼児医療費助成がおこなわれています。また、6都道府県1214市区町村から国の制度としての確立を求める意見書が採択されており、立法提案はこれにこたえたものです。
法案の実現を各党につよく求めるとともに、地方が独自におこなっている助成制度にたいし最大15%もの国庫負担削減のペナルティをかけていることを追及、「総合的におこなっている」などという坂口厚労大臣をきびしく批判しました(02年5月31日衆議院厚労委員会、塩川鉄也衆院議員)。
現場での改善にもひきつづき尽力し、2003年度には長野、滋賀で入院時助成が「2歳」から「就学前」までひろげられるなど、9府県で制度拡大がおこなわれています。
日本共産党は自治体での乳幼児医療費無料制度の実態を調査するよう政府にくり返し要求してきました。政府は、国の施策でないことを理由に実態調査を拒否していましたが、はじめて全国の市町村での調査を実施し、1999年2月結果を公表。参議院国民生活調査会の少子化対策の「提言」に、日本共産党の主張が実って、はじめて国による乳幼児医療費助成制度の検討がもりこまれました。
こうした動きを経て、2001年6月、参議院本会議で全会一致採択された、「少子化対策推進に関する決議」では、「『乳幼児医療費の国庫補助等』に重点的に取り組むべき」だと明記されました。
■小児救急医療の体制整備をくり返し要求
不採算を理由に小児科を縮小・廃止する病院が増え、子育て世帯の不安が高まっています。日本共産党は、小児救急体制の整備のため、くり返し国会で質問、政府交渉などもおこなってきました。
1998年度から休日夜間救急センターの予算が一般財源化されましたが、日本共産党は小児の初期救急医療体制整備のための予算は別枠で必要な額を確保すべきともとめてきました。2002年2月21日質問主意書を提出、「小児救急医療の問題解決のためには、初・再診料や外来診療科に対する小児・乳幼児加算、時間外・深夜・休日加算、および入院基本料に対する乳幼児救急医療管理加算などの大幅引き上げこそ必要」と要求しました。
日本共産党は小児救急医療では、全国363の2次医療圏ごとに、1ヵ所は小児救急対応ができるようにという政府の目標が、3分の1も達成されていないなど、とりくみの遅れを追及するとともに、小児医療の不採算を改める診療報酬の改善、小児科医への支援をくり返し要求してきました。このなかで国公立病院の体制整備と小児救急体制への参加を求め、政府に努力を約束させました。また自治体病院が不採算のため小児医療から撤退するのを防ぐため、2003年度に総務省が72億円の特別交付税を予算化しました。
2004年2月には診療報酬の改善について日本小児科学会の関係者とも懇談。2004年度予算では夜間電話相談など新しい制度が盛り込まれ、診療報酬改定でもわずかながら改善がおこなわれました。しかし抜本対策はこれからで、「深刻な医師不足、国の責任で解決を」(04年3月2日衆議院予算委員会、高橋ちづ子衆院議員)などひきつづき全力をあげています。
あわせて全国各地で自治体関係者、医療機関、消防などと協力し、「毎日の小児夜間救急医療体制」(大阪府河内長野市)、「小児救急センター開設」(北九州市)、「公立病院建設、小児救急体制の整備」(さいたま市西部地域)など、具体的改善を実現しています。
■アトピー性皮膚炎を学校指定病にと要求し、検討を約束させる
多くの子どもと親がアトピー性皮膚炎に悩んでいます。また高い治療費がたいへんで、なんとか軽減をしてという要求がつよくだされています。この要求にこたえて、日本共産党は、アトピー性皮膚炎を学校指定病として指定し、経済的な困難を抱えている児童生徒が治療する際に、「医療に要する費用について必要な援助」をおこなうことができ、国も「経費の一部を補助することができる」ようにすることをもとめてきました。
2001年5月、子どもの生活環境の変化に応じて学校指定病を見直す必要があること、とりわけアトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患を「学校病」と指定することをもとめる質問主意書を提出、その後も一貫して要求してきました。
文部科学省が2001年6月、質問主意書にたいして、検討をおこなうことをあきらかにし、また2003年6月、全国生活と健康を守る会、新日本婦人の会の申し入れに副大臣が「時代にあわせないといけない」と検討を約束しています。
■就学困難児童への医療費補助──虫歯で健康保険適用の治療はすべて補助対象に
経済的理由で就学困難な児童・生徒に出される医療費補助のうち、虫歯の治療内容の限定がなくなり、健康保険適用の治療はすべて補助対象となりました。
日本共産党の石井いく子衆院議員の質問に対し、文部科学省が学校保健法の政令を改正し対象にすると答えました(04年4月27日衆議院文部科学委員会)。
虫歯治療の補助金は、これまで「乳歯については抜歯」「永久歯についてはアマルガム充填(じゅうてん)、複合レジン充填または銀合金インレーにより治療できるものに限る」とされてきました。石井議員は2001年5月の質問主意書で、限定的な援助を見直し、保険適用の範囲までひろげるよう求めていました。
■少子化対策は実効あるものに
日本社会の少子化傾向はどんどん進み、社会の衰退、存続にかかわる問題となっています。いまの政治が国民の暮らしを痛めつけ、長時間、過密労働、雇用不安などが野放しのままで、子どもを生み育てることが大変な社会になってきたことに問題があります。
日本共産党は、少子化傾向を克服するために、「長時間労働をなくし、家庭生活との両立ができる働き方にする」、「若者に安定した仕事をつくる」、「男女差別・格差をなくし、女性が働きつづけられ、力を生かせる社会にする」、「出産・育児と仕事の両立を応援する」、4つの対策を提案しています。
こうした立場から少子化社会対策基本法の審議にあたっても、長時間労働の抑制や子育て支援など、いま政治と社会が解決すべき問題を明らかにしながら、修正案を提案してきました。目的に「少子化社会を克服し」と明記して立法の趣旨を明確にすることと、「少子化に対処するための施策は、結婚及び出産は個人の選択に委ねられるべきことを前提として講ぜられなければならない」と明記する修正案を提出しました。
■児童扶養手当削減に反対
母子家庭に支給される児童扶養手当制度が1998年に改悪されたときには、約7万世帯が支給を打ち切られました。党は、児童扶養手当は地方自治体独自の医療費や住宅補助など母子家庭にたいするさまざまな施策に連動していることを指摘し、支給打切りが母子家庭の日常生活ばかりか将来設計まで狂わせるものであり、ただちに元に戻すよう政府に申し入れました。
2003年4月からの改悪は、受給開始から五年経過すると支給額を減額する、父親からの養育費を母親の所得に加算して支給額を減らすことになりました。これまで、子どもが18歳になる年の年度末まで支給されていた児童扶養手当が、支給開始から5年がたつと最大で半分まで減額されるという改悪です。年収が一般家庭の3分の1という母子家庭にとって児童扶養手当は、母と子が生きていくうえで欠かせない「命綱」です。日本共産党は改悪に反対し、母子家庭の人たちといっしょに撤回をもとめてきました。自民、公明、保守、民主の各党は賛成しました。
■プライバシー侵害の児童扶養手当の養育費申告書 削除させる
母子家庭に支給される児童扶養手当制度が2002年8月からさらなる改悪で削減されました。これに先だって厚生労働省は、母子家庭に養育費申告書の提出を求めていました。当初作成した申告用紙は、教育費額だけでなく、家計の収入・支出状況について細かく記入する欄があり、預貯金の取り崩しや借金の有無、金品以外の食事の提供、米や野菜の差し入れまで記入するよう求めていました。これにたいし、市民団体や自治体から「プライバシーを侵害するもの」と抗議の意見が相次ぎました。
日本共産党国会議員団男女平等推進委員会は、厚労省の雇用均等・児童家庭局長に問題の欄を削除するよう緊急に申し入れ、国会質問でもこれを追及。厚生労働省は家計の収入・支出については「記入がなくても申告書を受理する」と方針を転換し、新しい申告書では該当の欄が削除され、都道府県知事あてに通知も出しました。
■児童虐待の対策を求め、児童相談所職員、心理療法士増員が実現─一刻も放置できない児童虐待問題
2000年11月には日本共産党をふくむ超党派の議員立法で「児童虐待防止法」が成立。日本共産党は、児童相談所、一時保護所の増設、職員増、親へのケアなど、法律の施行にともなう施策を緊急に拡充するよう求め、児童相談所職員、セラピスト(心理療法士)の増員などを実現させています。
その後も、児童福祉司の担当区域の基準が「人口おおむね10万から13万」人に1人という、1957年以来据え置かれたままになっている国基準の改善を求め、厚生労働省と総務省が検討を約束しました。2004年4月、児童虐待防止法の見直しにあたって、弁護士や児童相談所など関係者の要望を反映することを主張し、保護者への支援を位置づけるとともに、国や自治体の体制整備を「努める」としていたものを「努めなければならない」と強調するものになりました。
■障害者の子育てにヘルパー派遣が実現
2000年2月、障害者である親に代わって赤ちゃんをお風呂にいれたり、おむつを替えるヘルパーさんを派遣できるよう要求したのにたいし、厚生省は「家事援助の一つとしてヘルパーの派遣は可能。適切な派遣ができるよう徹底する」と回答。北海道旭川市の障害者夫婦は、早速このことを報道した「しんぶん赤旗」記事を見せて自治体と交渉。ヘルパーが派遣されることになりました。
■母親も児童手当の受給申請ができるように改善させる
児童手当の受給資格者は一律父親とされていましたが、日本共産党は、父が失業した場合は母親による申請も認めるよう質問、厚生省は検討を約束し、2000年7月には、父親がリストラ解雇などで退職した場合、「新たな受給資格認定の請求があった場合において、実際に家計の主催者たる地位が変更したと認められるときは、受給者を変更することができる」とする通達をだし、母親の申請で支給が可能になりました。
■母子寡婦福祉貸付金の利子を無利子に
2000年4月1日から母子寡婦福祉貸付金の事業開始資金および、事業継続資金が無利子で借りられるようになりました。全商連婦人部協議会が厚生省交渉などで、母子家庭の経済的自立対策の一つである「母子寡婦福祉貸付金の利子をさげてほしい」と要望していたもので、日本共産党も支援しました。