原発の源流と日米関係(6)
核燃料サイクル計画/日本は施設の実験場
日本で福島第1原発など商業用原子炉の建設が始まったばかりの1967年4月、政府の原子力委員会は、新たな「原子力の研究、開発及び利用に関する長期計画」を発表しました。
同「計画」では、日本の原子力発電が今後、長期間にわたり米国が開発した軽水炉に依存し、その燃料である濃縮ウランの供給も米国一国に頼ってしまうことは、原子力開発の自主性を確保する上で「必ずしも望ましいことではない」と強調していました。
すべて軽水炉
| 濃縮ウランの主な輸入先と 数量・割合(2004〜10年の合計) |
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| (1)アメリカ | 4602.7トン(73%) |
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(2)フランス |
1146.2トン(18%) |
| (3)イギリス | 532.3トン(8%) |
| (4)オランダ | 30.2トン(0%) |
| (5)ロシア | 25.8トン(0%) |
| 全体計 | 6306.9トン |
| (注)全体計が合わないのは、ベルギーなど からもわずかに輸入があるため |
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ところが現在、日本にある原発54基すべてが、米国で開発された加圧水型軽水炉(PWR)と沸騰水型軽水炉(BWR、改良型4基を含む)です。
濃縮ウランは、米国からの輸入に100%頼っていた当初に比べれば、フランスやイギリスなど輸入先の拡大が図られてきたものの、今でも7割が米国からの輸入に頼っています。(表)
原子力委員会の『昭和62年版原子力白書』は、日本の原発事業者が米国以外からの濃縮ウランを混焼する場合、30%を上限にする契約を結んでいると指摘。制約が課されていることを明らかにしています。
さらに重大なのは、1988年の日米原子力協定で、「核燃料サイクル施設」の建設をはじめ危険な計画が新たに大きく動き出したことです。協定の付属書4は、使用済み核燃料からウランやプルトニウムを取り出して再び燃料にする「六ケ所村商業用再処理施設」(青森県)や、使用した以上の燃料(プルトニウム)を生み出せるとした高速増殖炉「もんじゅ」(福井県)などを列挙し、米国の同意が与えられています。
六ケ所村再処理施設の使用済み核燃料貯蔵プール=2004年9月、青森県 |
米国自身は技術的に未完成だとして再処理施設の運転は行っていないにもかかわらず、一連の施設建設への同意は、日本を「実験場」とすることを意味しました。
政権交代後も
こうして進められてきた原発の大量建設は、民主党政権になっても引き継がれました。
2010年6月、菅直人首相は、総電力に占める原子力発電の割合を20年後に50%以上にすることを想定し、最低でも14基以上の原発を新増設するとした「エネルギー基本計画」を閣議決定。11月にはオバマ米大統領との会談で、原子力分野での日米協力の推進を確認しました。
今年3月の東日本大震災による福島原発事故を受け、菅首相は「エネルギー基本計画」を「いったん白紙に戻して議論する」と表明しました。しかし、5月末のフランスでの主要8カ国首脳会議(G8サミット)では、オバマ大統領らを前に「最高度の原子力の安全を実現する」などと表明し、原子力発電を今後も続けていくことを国際公約しました。
「安全神話」が完全に崩壊した福島原発事故の現実を見れば、「最高度の安全」という首相の言葉はむなしく響くばかりです。日本が原発ゼロの道に踏み出すためにも、対米従属のくびきから抜け出すことが必要です。
(おわり)
(この連載は、榎本好孝、竹下岳が担当しました)
(「しんぶん赤旗」2011年6月12日)

