2006年1月6日(金)「しんぶん赤旗」

主張

小泉首相年頭会見

理解する気が初めからない


 小泉首相が、年頭記者会見で、「理解できない」を連発しました。

 「日本人から、おかしいとか、いけないとかいう批判が、私はいまだに理解できません。まして外国の政府が一政治家の心の問題に対して、靖国参拝はけしからぬということも理解できないんです」「知識人が、私の靖国参拝を批判することも理解できません」

 いやしくも一国の首相であるなら、「理解できない」ことを放置せず、理解の努力をすべきです。それをしないのは、最初から「理解しない」つもりであり、国内外の批判に耳を傾ける気がないからです。

■権力者のわがまま

 首相には、「国及びその機関は、…いかなる宗教的活動もしてはならない」という憲法第二〇条の規定を守る責任があります。首相の靖国神社公式参拝が、憲法で禁じられている行為であることは明白です。

 小泉首相は、それをごまかすために、「一国の首相が一政治家として一国民として」参拝しているのであり、「精神の自由、心の問題」だと言います。しかし、自分の宗教的信念の実現を、首相としての役割に優先させるのは、権力者のわがままであり、憲法に背く横暴です。

 宗教や言論活動、学問研究など、「精神の自由」にかかわる問題での権力者のわがままは、国民の人権を踏みにじり、民主主義の土台を壊します。だからこそ、憲法は、国家機関の活動を規制する規定を設けているのです。「知識人」からの批判だけでなく、裁判所からも、小泉首相の靖国神社参拝を違憲と判断し、厳しく批判する判決が出ています。

 それを、「日本人から(の)批判が、理解できない」というのは、憲法を無視する態度です。“日本人なら靖国参拝を認めるのが当然。認めないのはおかしい”と言わんばかりに、国民を脅す響きさえあります。

 かつて、他国への侵略拡大と国内での暗黒支配強化とは、一体で進められました。日本の侵略戦争と植民地支配でとりわけ大きな犠牲を強いられた中国、韓国からの抗議に挑戦的な態度をとる小泉首相が、日本国民にたいしても強圧的な姿勢を示すのは、偶然とはいえません。

 靖国神社は、戦前・戦中、軍管理の宗教施設として国民を侵略戦争に駆り出す役割を果たしました。戦後も、そのことをまったく反省せず、「自存自衛の戦争」「アジア解放の戦争」だったと美化・正当化しています。首相参拝は、この“靖国史観”を公認する意味をもちます。

 小泉首相は、国会での日本共産党の追及に「靖国神社の考えと、政府の考えは違う」と答弁しています。それでいながら、連続参拝を強行し、当然の批判に開き直るのは、まったく道理がありません。

 “靖国史観”に政府のお墨付きを与えることが、侵略戦争の否定の上に成り立っている戦後の世界において、許されるのか。―ここに靖国問題の核心があります。小泉首相の靖国参拝固執は、近隣諸国との外交関係を悪化させ、日本外交のゆきづまりをさらにひどくします。

■参拝固定化の危険

 小泉首相は、“批判に揺るがないリーダー”のイメージをつくりつつ、靖国参拝までも、後継者に継承させようとしています。安倍官房長官や麻生外相などは、小泉首相の靖国参拝を当然視する発言をしています。

 首相の靖国参拝を日本の国策として固定化する危険が生まれていることは重大です。それを許さない国民的な批判を高めていきましょう。


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