2004年10月31日(日)「しんぶん赤旗」
台風23号の襲来から十日。死者二十五人、家屋全半壊三百八十二棟、床上・床下浸水二万千二百三十二棟(三十日現在)などの大きな被害が生じた兵庫県では、いまも泥まみれで片づけに追われる被災者に、生活と営業再建の重圧がのしかかっています。
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泥が大量に残り、軒先に廃棄物がうずたかく積まれている豊岡市三江地区。円山川の決壊などで三千八百五十二棟が床上浸水した豊岡市のなかでも、ひときわ被害が大きい地域です。住民は家や道路の泥の除去作業などに必死です。
「二人の子が大きくなってきたので家を買ったけど、一年二カ月ですべてパー。途方に暮れるとはこういうことですね」
家を清掃していた女性(40)=主婦=は、力なくいいました。一階の二メートル十五センチの高さまで浸水し、家財道具、電機製品、風呂、建具、畳などがすべてダメに。壁は落ち、瓦も飛び、床板、天井まで傷みました。家は昨年、中古住宅を購入しリフォームしていたものです。そのとき合わせて千三百五十万円かかり、ローンを抱えています。
家を直し、家財道具その他を元通りに買いそろえると、合わせて七、八百万円かかるといいます。夫の衣料品店も浸水して商品が半分ダメに。「ローンもあるのに、お金のめどがなく、先が見えません。台風前の生活が戻るんでしょうか…」
いまも避難所生活の新浜俊彦さん(59)=同地区、会社員=の家も同様の被害。さらに車三台が使い物にならなくなりました。損害額は「ざっと一千万近いかな」。新浜さんは、「もう最小限度のものしか買えません。それでも相当かかる。生活が元に戻るかわかりません。みんなそうですが、やっぱり公的支援がいる」と話します。
二千八十六棟の床上浸水があった洲本市。丹羽敏子さん(77)=物部地区=は、内壁がはがれ落ち、床板がめくれあがった家のなかで、ぽつんと座っていました。
「三べん水害におうたけど、こんなん初めて。修理するお金もないし、こんな状態では住まれへんから、来月知り合いのとこに引っ越します。遠いとこには行きたないけど…」と、痛む足をさすりながら語りました。
営業被害も深刻です。藤川康夫さん(62)=同=は、五十年以上続く米穀店の三代目。倉庫の分も含めて十二、三トンの新米を廃棄しました。精米機もダメになり、被害額は店舗だけで一千万円、自宅を合わせたら合計二千万円以上にのぼるといいます。「もう店をたたもうかと思った。けど、食べていかなあかんし、腹をくくって続けることにしました。現金支給が一番ありがたいんやけど」と訴えました。