2004年10月27日(水)「しんぶん赤旗」
![]() 1週間たっても家の前の泥が除去できていません=26日、兵庫県洲本市 |
台風23号の襲来(二十日)から一週間。大水害に見舞われた兵庫県では、二十六日までに、死者二十三人、家屋全半壊二百八十五棟、床上浸水九千五百六十二棟、床下浸水一万九百六十三棟という甚大な被害が明らかになっています(県発表)。復旧にはほど遠く、被災者は疲労をにじませながら、泥にまみれた家財道具や畳の運び出し、床板を上げての泥だしなどの作業を必死におこなっていますが、人手が足りず、支援が求められています。
二十六日現在、被災地各地で、いまも六百六十四人が避難所生活を強いられています。国道・県道などの八十二カ所で、土砂崩れや陥没などによる通行止めがいまだに続いています。
但馬地方の中心地、豊岡市は、円山川の決壊、はんらんなどで、床上浸水三千八百五十二棟という最大の被災となりました。
深刻なのは、一人暮らしなどの高齢者世帯。作業に手がついてない世帯が多く、泥や悪臭、湿気のなかで放置されています。二十五日に日本共産党のボランティアが一人暮らしの高齢女性宅を訪れ、床板をはがし泥をかきだしたところ、女性は「年寄り一人では何もできへんし、助かった」と話していました。被災の大きい地域は、いっそう人手を求めています。
出石町は、出石川の決壊による洪水で多くの家屋が破壊され、二十六日時点で避難者は百九十六人。被災自治体ではもっとも多くなっています。日高町、養父市、城崎町、和田山町などでも多くの世帯が被災しました。
淡路島も、洲本川のはんらんなどで千八百三十棟が床上浸水した洲本市をはじめ、島全体が大きく被災。被災者は二十六日も降りしきる雨のなか、カッパを着て懸命に復旧作業を続けました。
洲本市物部地域は、家の一階部分が隠れるほど高く積まれたゴミ袋や家財道具が路地をふさぎ、人一人がやっと通れるほど。乾きかけた泥が雨でぬかるんでいます。
低地に建つある家は、ひさしが傾き、玄関に汚泥がうず高く積もっています。そこに一人で住む高齢の女性は「何もかもなくなりました。昨日は消防の方が来てくれたけど、今日からどないしたらええの…」と言葉少なに語りました。
対岸の宇山地域も復旧作業がすすんでいません。妻と納屋を片づけていた中年の男性は「三十キロの新米が三十袋流れた。敷地が広いからまだまだ片づかん。いつ元の生活に戻れるんや」と途方に暮れていました。
ほかにも、津名町や西淡町など同島各地で浸水被害がおびただしく、支援が求められています。
約一千棟が床上浸水した西脇市、武庫川の激流に襲われた西宮市名塩地域なども深刻です。
日本共産党兵庫県委員会は、但馬、淡路地方への救援ボランティアをよびかけています。同時に、浸水被災者への被災者生活再建支援法の適用など抜本支援策を国・県に求めています。
ボランティアの連絡先=党兵庫県台風被害対策本部078(577)6255、但馬地区委員会0796(22)6459、淡路地区委員会0799(24)2380
兵庫県 喜田光洋記者
塩見ちひろ記者