日本共産党

2004年10月23日(土)「しんぶん赤旗」

ヘドロ大変 顔に疲れ

台風被災者、共産党議員に要望次つぎ


 大型台風23号は、河川のはんらん、がけ崩れ・土砂災害、高波など、十年来最悪の人的被害を出しました。被災地では、必死の救援・復旧活動がはじまっています。日本共産党は、議員を先頭に住民を見舞って激励し、要求をきくなど被災者支援に全力をあげました。


「家までゴミ回収を」兵庫・豊岡

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家に戻り水に漬かった家財道具を外に出す住民=22日午後5時、兵庫県豊岡市

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湖のようになった、ほ場=22日、兵庫県豊岡市

 大型台風23号の影響で兵庫県豊岡市は河川がはんらんし、市中心部の九割が浸水するなど最も大きな被害をだしました。三江地区では、ほ場一面が水につかり、まるで湖のようです。二十二日、日本共産党豊岡市議団(安治川敏明団長)は前日に引き続き、被災した地域を回り、激励しながら住民の要求を聞くなど、救援活動に全力をあげました。

 豊岡市は円山川などがはんらんし、約五割に当たる八千戸以上が床上・床下浸水しました。円山川が決壊し、大量の濁流に見舞われた梶原地区では、堤防決壊個所の復旧が全力ですすめられていました。

 住宅街では、濁流に流されてきた土砂やがれき、車などの撤去作業が急ピッチですすんでいます。また住民のなかでも泥だし作業がはじまっています。

 同地区の黒坂重之さん(70)は「この三十年で三回目の水ですが、今回が一番ひどい。床上一・八メートル。堤防のかさ上げをそのたび言ってきたが、全然声が届かなかった。堤防が切れたら一気にあがった。ヘドロでたいへん。今日やっと電気がきたが、電話がなかなかつながらないので市にはゴミのことなど要望したくてもできない」と家のなかの泥だし作業に追われていました。

 安治川議員は二十一日の夜、円山川が決壊し、取り残された人を救出する現場へかけつけました。また、豊岡公民館に救出され安どの表情を浮かべる住民を激励しました。

 二十二日は、前日の夜まで道路が一メートルも冠水していた市内北部の五荘、奈佐両地域を回りました。十分な食事をとっていない住民は、疲れきった表情で壊れた冷蔵庫や汚れた畳などを、外に運び出す作業に追われていました。

 住民からは、ごみの回収地点について「家の前に出して取りに来てもらうようにできないか」などの要望がだされました。また宮井川が決壊し、水田や大豆畑が冠水した地域の住民は「現状を把握するので大変」と話していました。

 安治川市議団長は、「ごみの問題はすぐ市に要請していきたい。豊岡駅前商店街も一キロにわたり床上浸水していた。市内の状況をもっと調査して対策をこうじていきたい」と話していました。

「土砂の撤去を早く」京都・宮津

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かき出した土砂の処理などの要望を聞く馬谷和男・宮津市議(右から2人目)=22日夕、京都府宮津市

 台風23号による大雨で旧市街地一面が水びたしになった京都府宮津市では、二十二日午後、断水していた水道が、ようやく復旧し始めました。しかし、府調べで八百九十四棟が床上浸水した市内は大量の土砂が積み上げられたままです。日本共産党与謝地区委員会と宮津市議らが、懸命の救援活動を続けています。

 自宅が床上浸水の被害を受けたままの馬谷和男市議は、二十二日も、朝から各地を精力的にまわり、安否や被害状況をたずねながら住民や行政関係者らを激励。夕方暗くなっても、流入した土砂で路面が見えない、でこぼこの道を自転車で走り回りながら、被害の実態調査・聞き取りを続けました。

 土砂で用水路がつまり、水があふれている現場では、住民らが汗を流して側溝から土砂をすくい上げていました。「早く土砂を撤去してほしい」「病人が出ても救急車が近づけず、担架で運んでいた」など、馬谷市議に実情や要望が次つぎと寄せられました。

 「こんなことははじめて」と、一昨晩の情景を思い出しながら語ったのは橋本文郎さん(77)。「とにかく、家の前の道路が川だった。山が崩れないように、市はもう少し対策できなかったのか疑問はある。雨が降らなければいいが…」

 戸田宗明さん(68)は、水位が五十センチに上がり床下いっぱいに浸水した跡を指さしながら、「驚いた。家の裏を開けて水を出したので、ようやく泥が出せる。ぼちぼちやるしかない」。馬谷市議が「要望を何でも言ってください」と声をかけると笑顔を見せました。



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