2004年10月4日(月)「しんぶん赤旗」
![]() 被災家屋からでたゴミを撤去する党ボランテ檪アの人たち=海山町 ![]() 家をのみ込んだ土石流の後かたづけが進む=3日、宮川村小滝 |
台風21号による大雨で九人が死亡、一人が行方不明になっている三重県の被災地は、三日も前日からの強い雨が降り、住民はなお不安な生活を続けています。自治体や日本共産党が呼びかけたボランティアには各地から六百人近い人びとがかけつけています。阿曽 隆記者
町内約四千世帯のうち千三百戸が床上浸水などの被害を出した海山(みやま)町。五日目を迎えた被災地は、懸命に生活の立て直しにつとめています。
被災地を力強く励ましているのは、各地からかけつけ泥まみれになって働くボランティアの存在です。
日本共産党三重県委員会は現地対策本部を設置し、三日は七十人以上のボランティアが参加、大嶽隆司県委員長も救援の先頭に立ちました。
被災住宅が床上の一、二メートルのところまで水につかり、ふすまなどが流されて柱だけになり、一階が全滅というひどいところもあります。
党のボランティアたちは、独り暮らしのお年寄りなど、いままで支援の手がまわっていない家に入り、泥まみれになりながら、泥のかき出しや床の掃除、畳あげなどに汗を流しました。また、水につかってだめになった家財道具などを回収して軽トラックで町内の指定された場所まで運搬するなどしました。
みそ汁を飲んでいない被災者のために、温かいとん汁をつくるなど、炊き出しも行い、喜ばれました。
土石流などの被害で死者六人、行方不明一人を出した三重県宮川村。奈良県と境を接する山深い村です。
二日から強く降り出した雨のため、村内の六百七十世帯、約千七百人に再び避難指示が出されました。犠牲者の通夜を予定した集会所が再び避難場所となり、通夜を延期せざるをえなかった遺族もいるなど、村は悲しみに包まれています。
もっとも多く犠牲者を生んだ滝谷地区。九月二十八日夕からの豪雨で、二十九日午前十時ごろ裏山が崩れ落ち、集落を大量の土砂が襲いました。県が土砂対策でつくったコンクリートの擁壁は一気に崩落しました。地元の人からは、「コンクリートが高く、水抜けが悪かったため、土砂が水を含みすぎた」という声が聞かれます。
林業の村だった同村は、外材の輸入の影響で高齢化と過疎化がすすみ、間伐などが不十分だったと指摘する声も聞かれました。
林業を営む日本共産党の直江修市村議は、「手入れの悪い杉林は『線香林』といって、細い杉がたくさん並ぶ。これでは根の張りも弱くなります。崩れているのはほとんどが杉林です」と説明します。
直江村議は、「復旧には長い時間がかかる。復旧とともに一割でも二割でも外材を抑えるという根本問題にも取り組まないと。そうしてこそ自然環境も守られる」と話します。