日本共産党

2003年4月8日(火)「しんぶん赤旗」

国立大学法人法案を憂慮する

「真実より業・官の意向」の危険性

中村 方子


十五年間干される結果に

 五年にわたるビーグル号での航海を終えて一八三六年に帰国したチャールズ・ダーウィンは海のサンゴに匹敵する働きをしている陸上の動物としてミミズについて長年にわたって研究を行い、なくなる一年前の一八八一年に「ミミズの働きによる有機土壌の形成、及びミミズの習性についての観察」というすばらしい著書を著した。この本を読んで自分も現代の科学の視点でミミズについて研究したいと筆者は「生態学」という分野を専攻した。

 一九五三年に新制国立大学の第一回生として卒業し、公立大学の理学部に勤務した。初期の研究成果は上司の博士論文に取りこまれた。

 ある時、ある国有林の下草管理を人手に代わって枯葉剤散布に切り替えたいが、そのことが生態系に悪影響を及ぼさないというデータを出してほしいという要求が上司の所に持ち込まれた。上司はそれを受諾されたが、筆者は協力をことわり、結果として約十五年間干されるという状態におかれた。

 上司は「あなたをクビにしようと調べたがクビにはできないことがわかった」とわざわざ知らせてくれた。

 「教育公務員特例法」によって本人の意に反して解職できなかったのである。

「沈黙の春」と枯葉剤散布と

 レーチェル・カーソンは「沈黙の春」(一九六二年)の中に「殺虫剤や枯葉剤のような薬剤散布によって自然を管理しようとする応用昆虫学研究者は約98%で、生態学的に問題を解決しようとする研究者はほぼ2%に過ぎない。前者の方が潤沢な研究費に恵まれ、職業的進路についても有利であるからである」と述べた後で、安易な薬剤散布の繰り返しがいかに生命と自然を破壊しているかについて説明し、「もっと安全な別の選択があるのに」と嘆いていた。

 同じころベトナムでは「枯葉剤作戦は人畜無害の薬剤散布によって熱帯林の樹木の葉を落とし、隠れ場所をなくすことによって、北ベトナムから南ベトナムへの兵士の移動と物資の輸送を阻止しようとする人道的作戦である」と宣伝しつつ多量の枯葉剤が散布され、人命と自然に対して与えたひどい破壊はその後明らかにされた。良心的な世界の多くの科学者たちの要請もあってこの作戦は戦争終結より早く一九七二年に中止された。日本では、東北のニホンザルに多くの畸形(きけい)が生まれたという調査も行われ、散布をとりやめた枯葉剤はドラム缶につめて地中に埋められたというが、十年後缶は腐食して中身は空になっていたという。

 筆者は学内外の研究者や、友人たちに支えられて行ったある研究の成果によって、ポーランド科学アカデミーの研究所から招聘(しょうへい)を受けて、十五年ぶりにもっとも行いたかったミミズの研究に復帰でき、帰国後まもなく転職して自由に研究を行うことが出来るようになった。

 そのような経験を経て、「国立大学法人法」に関して憂慮するのは、大学の教員が公務員でなくなれば、筆者のような場合上司の意によって簡単にクビにされうるということである。

 人々が健康に生き続け、自然がより美しく健全に持続するために、大学における研究機能は、企業や官とは独立に真実の追究に励めるものでなければならないと思う。今上程されている法案を読むほどに心配はつのるばかりである。


 なかむら まさこ・中央大学名誉教授=一九三〇年生まれ。理学博士。『ヒトとミミズの生活誌』『ミミズに魅せられて半世紀』ほか。


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