2016年9月14日(水)
きょうの潮流
ふとした風に秋の気配を感じる頃になると、藤原定家の〈白妙(しろたえ)の袖の別れに露落ちて身にしむ色の秋風ぞ吹く〉という和歌が思い出され、〈身にしむ色〉とは、どんな色だろうと考えます▼真っ白な衣の袖にこぼれる別れの涙。はるかな山や川を吹き渡ってくる切ない風の色。そんないにしえの色を求めて、東京・世田谷美術館で開催中の染織家・志村ふくみさんの展覧会を訪ねました▼草木染と紬織(つむぎおり)の人間国宝である志村さんは91歳。今も現役です。蚕の作った白い糸を天然の植物の花や実、葉、幹、根を使って染めた色は、白橡(しろつるばみ)、青藍(せいらん)、銀鼠(ぎんねず)、唐茶(からちゃ)、朱茜(しゅあかね)、薫梅(くんばい)、和歌紫(わかむらさき)、紅(べに)の花(はな)と、それぞれの色名とあいまって一編の詩のように語りかけてきます▼織り上げられた着物の一枚一枚に光と水、空、大地、樹木など自然の風物が表現され、『源氏物語』をはじめ日本の古典文学をテーマにした着物の色彩と織りは、登場人物の人柄や運命をも象徴しているかのようです▼志村さんは著書で「植物から染まる色は、単なる色ではなく、色の背後にある植物の生命が色を通して映し出されているのではないか」(『一色一生』)、「日本の植物染料より生れる色はこの民族の根幹に深くかかわり、古事記から万葉集にはじまり日本の文学、物語、和歌と深い関係があるのではないか」(『つむぎおり』)とつづっています▼蚕と植物の命に敬意と感謝を持ちながら染織を続ける志村さんの姿勢に、日本文化の根源が自然との共生であったことを思います。