2011年4月8日(金)「しんぶん赤旗」

原発事故 そこが知りたい

過去最悪 チェルノブイリの場合は?

1986年 出力調整中制御不能に

背景に「原発は安全」の思い込み


 東京電力福島第1原発では、1〜4号機の原子炉や使用済み核燃料プールで核燃料が破損する事故が起こり、周囲への放射性物質の放出が続いています。一度に複数の原子炉で炉心溶融が起きた事故は世界初です。今回の事故をきっかけとして、過去最悪の原発事故、チェルノブイリ原発事故が改めて注目されています。

Q どんな事故だったの?

 A チェルノブイリ原発事故は、1986年4月26日に、旧ソ連のウクライナの同原発4号機で起き、商業用原子炉としては初めて放射線による死者を出しました。国際原子力機関(IAEA)などが決めている国際原子力事象評価尺度では、最悪の「レベル7」とされ、世界の原発史上最悪の事故です。

 実験中に、通常より低い出力に調整しようとしているうち、運転規則に違反して核分裂反応にブレーキをかける制御棒を抜き、安全装置を解除するなどしました。その結果、原子炉の核分裂反応を制御できなくなり、反応が急激に進み事故が起きました。

 核燃料が溶融し、2度の爆発(水蒸気爆発と水素爆発)を起こしました。この原子炉では、減速材として、炭素からできている黒鉛を使っていました。この黒鉛に引火して火災が起こりました。

 爆発によって原子炉が破壊され、建屋の屋根も破損しました。膨大な量の放射性物質が放出され、ウクライナ、ロシア、ベラルーシをはじめ、北半球全体に拡散しました。

 86年8月にソ連政府がまとめた「事故報告書」では、事故で放出された放射能は放射性希ガス、ヨウ素131、セシウム137など、計370京ベクレル(1京は1兆の1万倍)とされていますが、その後の検討で、実際はその2倍から3倍あったと推測されています。

Q 被害は?

 A 消火活動など事故現場で作業していた人のうち、31人が急性の放射線障害や事故で亡くなったとされています。

 半径30キロメートルの範囲に住んでいて退避した13万5000人の平均被ばく量は120ミリシーベルト(一般の人が1年間に浴びる放射線量の許容限度は1ミリシーベルト)でした。

 ソ連政府は事故をすぐには発表しませんでした。翌日にスウェーデンで放射性物質が検出されたことから事故が明らかになり、公表しました。

 住民は27日から避難を始め、ごく一部を除いて1カ月以内に移住させられました。

 事故を起こした4号機は閉鎖され、放射性物質を閉じ込めるためにコンクリートで固められました。「石棺」と呼ばれています。

 2000年、事故の追悼行事でロシア副首相は事故処理に携わった86万人のうち、5万5000人以上が放射線障害などで死亡したことを明らかにしました。

 牛乳から放射性のヨウ素131を摂取した子どもたちの間では、小児性甲状腺がんやほかの甲状腺障害が急増しました。成人では高血圧、狭心症など、放射能汚染への不安や移住生活のストレスが関係していると考えられる疾病が増えたといいます。

 今後も、事故現場で作業にあたった人や地域住民の健康に、事故による放射線が影響を及ぼす可能性があります。

Q 事故の教訓は?

 A 「原発は安全だ」という思い込みがあるところに事故が起きるということです。

 事故が起こるまで、ソ連の原子力関係者の間では、原発は「サモワール(炭で湯を沸かして紅茶などをいれる湯沸かし器)より安全だ」とさえいわれていたといいます。

 職員が規則に違反した運転をしたことや原子炉の構造上の欠陥も原因として挙げられています。しかし、規則から外れた無理な運転も、「事故は起こらない」という思い込みを前提として行われたものでした。

 事故後、IAEAの下で世界各国の専門家を集めて設けられた国際安全性諮問グループが、「原子力発電所の基本安全原則」という報告書を発表しました。ヨーロッパ各国は「事故は起こりうる」という認識の下、原発の安全対策をとったり、原発に頼らないエネルギー開発にとりくんでいます。

 しかし、日本の政府や電力会社は、「日本の原発は原子炉の型がチェルノブイリと違うから、ああいう事故は起きない」として、点検や新たな安全対策は行いませんでした。





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