2011年3月4日(金)「しんぶん赤旗」

新潟水俣病が和解

国とは初 原告全員を救済


 新潟水俣病の未認定患者ら173人が国と原因企業の昭和電工(東京都港区)を相手に損害賠償を求めた「ノーモア・ミナマタ新潟全被害者救済訴訟」は3日、新潟地裁(草野真人裁判長)で和解が成立しました。水俣病未認定患者の訴訟で国との和解が成立したのは初めてです。


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(写真)裁判所にむかう新潟水俣病訴訟の原告ら=3日、新潟地裁前

 和解条件は、昭和電工が原告1人当たり210万円の一時金と団体加算金2億円を支払うほか、原告以外の被害者も対象に介護保険サービス利用料の一部を負担。国と県が月最大1万7700円の療養手当などを支給することとしています。

 一時金等の受給対象者は、第三者委員会(座長・本間義治新潟大名誉教授)が、原告のうち、認定患者2人を除く171人全員の受給を認めました。

 このほか国が、治療方法・治療薬の研究開発、新潟水俣病被害者の福祉の充実に努めること、和解成立後に昭和電工会長が「責任とおわび」を表明することなどが和解条項に盛り込まれました。

 和解について、新潟水俣病阿賀野患者会と弁護団、新潟水俣病共闘会議は、「全被害者の今後の救済につながる和解を足がかりに、特措法の申請受付期限を設けないこと、被害者救済の恒久システムの樹立をめざす」とする声明を発表しました。

 同訴訟は、2009年に「新潟水俣病阿賀野患者会」の27人の会員が提訴。新潟民医連の住民検診で新たな被害者が次々と発見され、訴訟に加わりました。

全面解決へ足掛かり

 「生きているうちに一人残らず原告全員が救済された」―。平均年齢70歳を超える「ノーモア・ミナマタ新潟全被害者救済訴訟」の原告団長、山崎昭正さん(69)はほっとした表情を浮かべました。

 新潟水俣病の確認から46年。30年以上も耳鳴りや手足のしびれに悩まされてきました。しかし、国の基準に阻まれ、水俣病患者として認定されませんでした。「水俣病として認め、謝罪せよ。すべての被害者を救済してほしい」という山崎さんの思いは、和解成立でひとつの節目を迎えました。

 和解条項には、「水俣病被害者」と明記されました。

 山崎さんは、「公害がなければ被害者はいなかった。二度と公害を起こさせない。患者としてこれからも水俣病を語っていきたい」と話します。

 原告の男性(80)は、左腕の感覚がなく、手術を控えて和解の日を迎えました。「提訴から1年9カ月。早期解決ができてよかった。この苦しみを風化させてはならない。後世に伝えたい」と語りました。

 原告の女性(75)は、視野狭窄(きょうさく)があり、法廷へ向かう際、裁判所内の段差でつまずきました。「年々、体調が衰えている。福祉や介護の充実を求めたい」と今後の課題を訴えました。

 いまもまだ、水俣病特有の症状に苦しんでいる名乗り出られない被害者がたくさんいるとみられます。和解条項に、国が「メチル水銀と健康影響との関係を客観的に明らかにすることを目的」に調査研究などをおこなうと約束し、積み残された課題について原告・被告双方の協議の場がもたれることも盛り込まれました。

 中村周而弁護団長は、原告側が求めていた住民健康調査につながるとして「全被害者救済の足がかりになる」と評価しました。

 新潟水俣病共闘会議の中村洋二郎議長(弁護士)は、「潜在患者がいる限り、水俣病は終わらない。恒久的に解決することが必要だ」と訴えました。


 新潟水俣病 水俣病は、メチル水銀に汚染された魚介類をたくさん食べ続けることによって起こる中毒性の神経系疾患。治療法は確立していません。新潟水俣病の発生源は、阿賀野川上流の昭和電工アセトアルデヒド生産工場の廃液。同工場は1959年ころから生産を急増し、65年に生産を停止するまで設備をフル稼働させて、公害を拡大しました。新潟水俣病の発生が確認されたのは、熊本で公式発見されてから9年後の1965年でした。





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