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2009年11月16日(月)「しんぶん赤旗」

ゆうPRESS

80代ブロガーの伝言

おとなの価値観 こだわらないで

国会に女性トイレなかったのよ

元衆議院議員 田中美智子さん


 元衆議院議員の田中美智子さんは、84歳からブログをはじめ、ほぼ毎日更新。その日記の若々しさが評判を呼び、それをもとに『まだ生きている』(新日本出版社)を出版しました。現在、埼玉県秩父市に暮らす田中さんを、日本民主青年同盟中央委員会勤務員の大角春香さん(「われら高校生」記者)が訪ねました。


 ―田中さんのブログ「自然と猫と私」は、すてきな内容ですね。

 田中 2006年5月から書き始めたのよ。最初は休み休みだったけど、いつの間にか、ほとんど毎日書くようになって。書かないとその日が終わらない。

 ―「敗戦の日に兄を思う」と題した日記に、心を打たれました。田中さんが大学3年のとき、一番上のお兄さんに召集令状が来て戦場に駆り出され、戦死されたのですね。

 田中 戦争っていうと1941年12月8日の真珠湾攻撃が私たちにとっての戦争のはじまりという実感。それこそまもなくクッキーなどのお菓子がなくなってきた。女子大の寮の食事も悪くなって、下着も生理用品もなくなった。戦争ってこれなんだ、と思ったわ。

「名誉の戦死」なんて大うそだよ。父は師範学校の校長で軍国主義教育の現場のトップだった。長兄が戦死して、人前では泣けないけれど家では声をあげて泣いていた。ごはんも食べられないぐらい嘆き悲しんだ。戦争は戦場だけではない。

個 性

 ―戦後、日本共産党員になって良かったことは?

 田中 「自分たちを苦しめているものは何か」「どう変えたら良いか」「個性的に生きるには」と考える力をつけたかな。

 一人でも多くの人が(共産党について)理解してくれたらいいなと思ってる。それが、戦争のない、貧困のない世の中をつくることにつながると思う。

 日本共産党に入ったことで人間を見る目、社会を見る目に確信も持てた。だから、足がよたよたして老いても、生きている人生がおもしろい。

 今回、自民党政治が退場して、政権交代になった。いいことには力を貸して、世の中を前進させたいね。

 ―派遣で働く男の子が大みそかに突然訪ねて来たときのことを書いた「派遣の少年と迎えた正月」には、若い人への温かいまなざしを感じました。

 田中 若い人たちは、もっと自分らしく生きてほしい。失敗してもやり直しがきく。おとなやその時の社会の価値判断にこだわりすぎないでほしい。あなたたちは今のおとなの知らない時代に生きるのだから…。好奇心をうんともっていくこと、自分で選んで自分でやってみることで成長するのではないかな。

平 等

 ―田中さんは、日本共産党・革新共同の衆議院議員を5期15年務めました。国会で女性の労働問題を積極的に取り上げました。

 田中 女性労働者の30歳定年制の問題や、男女の賃金格差の問題を取り上げたのは国会史上初めてよ。

 1972年に国会議員になったとき、国会に女性のトイレがなかった。それから四つぐらい女性のトイレができたけど、今はどうなっているかね。

 当時は、日本の国会自体が男の城だったんだね。

 ―男女差別をめぐる状況は、大きく変わってきました。それでも、賃金格差は残されているし、妊娠を理由にした解雇などもまかり通っています。

 田中 若い女性が長い脚で胸張って闊歩(かっぽ)している姿を見ると、うれしく感じることもある。

 でも、まだまだ解決しないといけない問題が残されているわね。

 日常生活の中にも、形式は「家父長制度」みたいなものが結構残っている。結婚式の招待状は夫の名でくるけど、出席するのはほとんどが女性とか。

 若い人たちには、そういう習慣は引き継いでほしくない。

 男女平等に必要なのは収入よ。けれど、男女雇用機会均等法(85年)の法案審議で私たちが指摘したように、女性パートが激増し、女性の健康破壊も進んだ。女性社員が「派遣」や「有期雇用」に置き換えられて、逆に差別が拡大した。

 ―男女の賃金格差を正し、不安定雇用を規制しないと、本当の男女平等は実現しないということですね。

 田中 これからも、均等法や派遣法を改正させていく仕事が残っている。「均等法」でなく「男女平等法をつくりたい」という先輩たちのたたかいを引き継いでほしい。

 男も女も力を合わせて、ほんものの男女平等を実現してほしい。


短期間に大変化が

 大角春香さんの感想 田中さんのお話で、国会に女子トイレがなかったという話には驚きました。今からそう遠くない昔にそんな現実があり、短い間にすごい変化があったんですね。今ある社会に合わせて自分を変えていくのではなくて、違和感や息苦しさ、自分が本当はどうしたいのかをしっかり考えて大事にしていくことが社会を前に進めていくんだと思いました。


写真

元衆議院議員 田中 美智子さん

 たなか・みちこ 1922年生まれ。元日本福祉大学助教授、衆議院議員5期15年。主な著書に『未婚のあなたに』(学習の友社)、『さよなら さよなら さようなら』(あけび書房)、『まだ生きている』(新日本出版社)

田中美智子さんのブログ「自然と猫と私」のアドレス

http://pub.ne.jp/michiko/



お悩みHunter

障がいのこと聞いてもいい?

  高校2年生です。障がい者と交流するイベントに参加して、いろんな障がいがあること、みなさん当たり前に生きたいと願っていることが分かりました。会場で、1歳年上の車いすの男の子と知り合いました。感じのいい人で、彼をもっと知りたいです。次に会ったとき、障がいのことを聞いていいものでしょうか?(17歳、女性)

「理解したい」は大切な出発点

  初めて障がい者と交流し、その障がいの多様性や個性、輝いて生きる姿勢に対して、こんなにも素直に感動できるあなた。すてきですね。障がいがあるというだけで、特別視され偏見も残る今日、あなたの相談はうれしくさえ感じます。

 次に彼に会う時には、肩の力を抜いて、障がいのことも素直に聞いてみてください。きっと彼は、あなたの気持ちを受け止めてくれることと思います。

 ただ、彼の厳しい過去や現在、そして将来が語られるかもしれません。「理解したい」という現在のあなたの素朴な気持ちは大切な出発点だと思いますが、これを機に、今日の障がい者を取り巻く実態とさまざまな問題を知ることも大事だと思います。

 「障害者自立支援法」や自立支援サービスの利用料金の矛盾、共同作業所などがおかれている困難な状況や課題などについても、少し勉強されてみてはいかがでしょうか。

 日本では、障がいのあるなしにかかわらず、すべての子どもを受け入れ、共に育ちあう発想の「インクルーシヴ教育」が始まったばかり。この考えがさらに発展し、社会全体で人々が支えあう思想が行き渡れば、どんなにか素晴らしい社会ができることでしょう。

 これからもボランティア活動などを通じて、「障がい者」問題に若い感性を生かしてほしいと思います。


教育評論家 尾木 直樹さん

 法政大学キャリアデザイン学部教授。中高22年間の教員経験を生かし、調査研究、全国での講演活動等に取り組む。著書多数。


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