2007年5月5日(土)「しんぶん赤旗」

「朝日」支局襲撃から20年

言論へのテロ・暴力 今も

“表現者は屈しない” 市民らが運動継続


 新聞社の支局に散弾銃を持った男が侵入し、記者二人が殺傷された未曽有の言論テロ事件、朝日新聞阪神支局襲撃事件が発生したのは、一九八七年五月三日の憲法記念日でした。戦後民主主義を敵視する内容の犯行声明がメディアに届き、社会に衝撃を与えました。それから二十年。憲法や暴力をめぐる状況は変わったのか。(安川 崇)


 四月十七日、長崎市の伊藤一長・前市長が選挙運動中に暴力団幹部の男に射殺されました。自由な言論が最大限保障されるべき選挙中に起きたテロでした。

銃弾と遺族

 今年の五月三日を迎えるにあたり、朝日新聞の事件で死亡した小尻知博記者=当時(29)=の父、信克さん(79)は、例年発表しているコメントでこう語っています。

 「あの夜、テレビのテロップを見て、阪神支局の事件と関係があるかもしれないと一瞬、思った。二十年前にテレビのテロップで息子の事件を知ることになった私たち夫婦は、時効後の今も、何かの事件を伝える速報が出るたびに緊張するのです。もしや息子を撃った犯人ではないかと…」

 三日に営まれた小尻記者の法要で、信克さんは長崎市長の事件に再度言及。「二十年前を思い出した。暴力は間違いだ」と語っています。

80年代と今

 事件では、一連の声明文が、戦後民主主義を憎む表現に満ちていたことが注目を集めました。

 事件当時は「日本の戦争と戦後民主主義」の解釈をめぐって、政治や言論が大きく動いた時期でした。

 中曽根康弘首相(当時)が八月十五日に靖国神社に参拝したのは八五年。内外の批判を浴びて翌年は取りやめました。事件の前年でした。憲法改正を唱える「日本を守る国民会議」(改憲右翼団体・日本会議の前身)が作成した高校教科書『新編日本史』が文部省の検定に合格したのも八六年。やはり批判を受け、中曽根首相は異例の「再検討」を指示しています。

 これらの元首相の行動を、右翼は「裏切り者」と非難しました。赤報隊も元首相に「処刑」をちらつかせる脅迫状を送っています。

 そして、今。戦争の反省に立脚する日本国憲法の精神を「脱却すべき『レジーム(体制)』」とののしる安倍首相は、任期中に改憲を目指すと宣言しました。与党は改憲手続き法案の成立に突き進もうとしています。

 侵略戦争を正当化する「新しい歴史教科書をつくる会」メンバーが執筆した教科書が、検定を通過し続けています。

 「官」による思想・言論に対する暴力もあります。東京都教育委員会は「君が代」斉唱に起立しなかった教員を大量処分しています。イラク戦争反対や日本共産党の政策を訴えるビラを配布しただけで警察に逮捕される事件も続発しました。

 「自由にものが言える社会の実現」は今も、われわれの切実な課題であり続けています。

 「小尻記者が撃たれたと聞いたとき、衝撃とともに不安が募った。次は自分が襲われるかもしれない、と」

 小尻記者と親交があった兵庫県尼崎市の喫茶店経営、金成日(キム・ソンイル)さん(55)は語ります。

 八六年、指紋押なつを拒否していた金さんを逮捕した兵庫県警は、腕を固定し指を伸ばす強制具を使って指紋を採取しました。この人権侵害行為を特ダネで報じたのが小尻記者でした。

 「裁判なども記事にしてくれた。『同志』という感覚だった。(小尻記者が)指紋の件で反感を買ったのでは、と直感的に思った」

 この二十年間を、金さんはこう振り返ります。

 「イラク派兵や盗聴法など、歴代保守政権がとうていなしえないと思っていた悪法がバカバカと国会で成立する。赤報隊は『反日朝日は五十年前にかえれ』と書いた。まさに、昔に戻っていくような気がする」

記憶を継ぐ

 「言論、表現に対するテロは今もなくならない。事件を語り継ぐ意義は、むしろ高まっている」

 朝日新聞労働組合の山崎直純・本部書記長は語ります。

 同労組は事件後、言論と暴力について市民と考える集会・シンポジウムを毎年、西宮市近辺で開催してきました。

 今年は実家が襲われた加藤紘一・自民党元幹事長らを招いて尼崎市で開催、七百人が参加しました。山崎本部書記長は「記憶が薄れることにあらがい、暴力に決して屈しないことを誓う場。開催し続けてきた意義は大きいと自負している」と話します。

 金さんらは阪神尼崎駅前で、音楽家や舞踏家ら表現者がパフォーマンスを展開する「青空表現市」を昨年まで毎年開催してきました。

 目的は「小尻記者の追悼とあわせ、『表現者は暴力に屈しない』というメッセージを送ること」。金さんは「憲法記念日に起きたあの事件の意味を、ずっと問い続けていく。『いまの日本のありようはおかしい』と声を出し続けたい」と力を込めます。


 朝日新聞襲撃事件 一九八七年五月三日、朝日新聞阪神支局(兵庫県西宮市)の編集室に散弾銃を持った男が侵入。犬飼兵衛記者(62)と小尻知博記者に向け二発を発射、無言で立ち去りました。小尻記者は翌日未明に死亡、犬飼記者も散弾粒を浴び、右手の指二本を失いました。

 通信社に送りつけられた犯行声明には「すべての朝日社員に死刑を ほかのマスコミも同罪」「反日分子には極刑あるのみ」「赤報隊 一同」などと書かれていました。

 その後、▽名古屋市内の社員寮への銃撃▽静岡支局に爆発物―などの事件が続きました。一連の事件は「警視庁広域重要116号事件」に指定され、広域捜査が行われましたが、阪神支局の事件は二〇〇二年五月に公訴時効に。〇三年三月で、すべての事件が時効を迎えました。


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