2007年4月27日(金)「しんぶん赤旗」

経済時評

日銀総裁の「家計とお金」論


 日本銀行のホームページに、福井俊彦日銀総裁が「イエコノミー・シンポジウム」(日本経済新聞社主催、〇七年二月二十五日)でおこなった基調講演が掲載されています(注)。「イエコノミー」とは、「イエ(家)」と「エコノミー(経済)」を結合した複合語で、「家計が大きな影響を直接もつようになった経済」という意味のようです。

 福井総裁は、このシンポジウムで、「『家計とお金』という主題に関連して、私が日頃から考えていること」を詳細に語っています。

 日銀総裁が「家計とお金」というテーマで講演すること自体は悪いことではないでしょう。しかし、福井総裁の「家計とお金」論を読んで、さまざまな疑問がわいてきました。

ハイリスク・ハイリターンというが…

 福井総裁は、次のようにのべています。

 日本の家計部門の金融資産は、約千五百兆円という膨大な額だが、その内訳は、約五割が現金・預金で、株式や投資信託の比率は約15%しかない。米国ではこの比率が逆になっており、「日本の家計金融資産には、リスクマネーとして活性化されうる潜在的な力が、まだかなり眠っている」。日本でも、米国のように「家計にも経営感覚」が必要だ。とりわけ、日本の家計は、もっと貯蓄と投資の「リターンとリスクを比べる感覚」が必要だ。

 福井総裁のいいたいことは、いわゆる「ハイリスク・ハイリターン」(高リスク・高報酬)の「経営感覚」を持って、家計のマネーをもっと活性化せよということのようです。しかし、いまの日本で、こうした「ハイリスク・ハイリターンの経営感覚」で、「貯蓄から投資へ」と選択できる家計が、いったいどのくらいあるでしょうか。

 たしかに、かなりの金融資産のある家計ならば、福井総裁が期待するような「経営感覚」を持てるかもしれません。野村総合研究所の推計によると、一億円以上の純金融資産(負債を差し引く)を持つ富裕層は八十六万五千世帯(全世帯の2%弱)、そのうち五億円以上が五万二千世帯(同0・1%強)といいます。

 こうした巨額な金融資産家ならば、リスクを恐れずに株や債券に分散投資して、株価の上昇や配当の増大でハイリターンを得て、証券優遇税制の恩恵も受けることができるでしょう。しかし、大多数の庶民の家計は、株に投資したくても、元手になる余裕資金がないというのが実態ではないでしょうか。

 金融広報中央委員会の調査によると、貯蓄ゼロの世帯は、四十年ぶりに二割を超えて24%(〇五年)にものぼります。

超低金利への怒りの声が聞こえないか

 とはいえ、福井総裁が「家計にも経営感覚を」と強調する趣旨は、一握りの金融資産家だけでなく、コツコツと生活費をやりくりして数百万円の定期預金をしている家計、老後の生活費にと退職金を貯蓄している家計などをも念頭においてのことだと思われます。

 現実に、こうした庶民の家計でも、預貯金の利率があまりにも低いので、やむをえず株式投資などに関心を持つ人が増えています。政府の「貯蓄から投資へ」のキャンペーンも、この流れに拍車をかけています。

 しかし、一口に「ハイリスク・ハイリターン」といっても、リスクとリターンの関係は、投資する資金の大小によって、天と地ほどの格差があります。大口投資になるほど「ローリスク・ハイリターン」(低リスク・高報酬)になり、小口投資になるほど「ハイリスク・ローリターン」(高リスク・低報酬)になる仕組みになっているからです。

 大口は、金融情報の入手、投資の専門的テクニックなど、小口に比べて格段に有利な条件を持っています。たとえば、昨年六月、「村上ファンド」の証券取引法違反の容疑に関連して、一千万円の出資で運用益千四百七十三万円という福井総裁の「投資」が露見したことがありました。われわれ庶民は、短期間にこんなに利益を出せる「投資ファンド」の仕組みに驚き、投資格差のからくりにあらためて疑問を感じたものでした。

 これにたいし、小口の場合は、確たる情報もないまま、株価の投機的な変動に翻弄(ほんろう)されて、へたをするとリターンどころか、元本さえ失うリスクにさらされます。

金融資産の格差の拡大で「富が富を生む」

 福井総裁の「家計とお金」論への根本的疑問は、こうした金融格差の実態、投資格差の現実についてはまったく語らずに、ただ一般的に、家計のマネーを活性化せよ、「経営感覚」を持て、と国民に説いていることです。

 「家計とお金」の実態は、一方では、富裕な金融資産家が「富が富を生む」という仕組みで資産を増やしているのに、他方では、子どもの教育費や老後の備えにと、生活費を削って貯金をしている家計では、異常な低金利に泣かされています。

 大企業や大銀行が史上最高の利益をあげているのに、それを資金面から支えている預貯金の利率は、一年定期(三百万円)で0・35%という“すずめの涙”以下の低金利です。日銀の試算でも、低金利による家計の利子所得減少は三百三十一兆円(九一年―〇五年の累計)にも達します。

 こうした預貯金の超低金利に庶民がどれだけ怒っているか。この声に、日銀総裁はもっと真摯(しんし)に耳を傾けるべきではないのか。ところが、福井総裁は、「(リスクを嫌って)元本保証を求めるならば低い利回りで我慢しなければなりません」とのべて、低金利は「経営感覚」のない家計には当然の報い、自己責任だから我慢せよ、と言わんばかりです。

 日銀総裁のこうした物言いを聞くと、政府や日銀の「貯蓄から投資へ」というキャンペーンは、預貯金のリターン(利子)があまりにも低いことにたいする国民の不満をかわすねらいも隠されているのではないか、などと、ますます疑念が膨らみます。(友寄英隆)

 (注)福井講演「家計の生活経営が切り拓く日本の新時代」の要旨は、http://www.boj.or.jp/type/press/koen07/index.htm


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