日本共産党

2002年10月17日(木)「しんぶん赤旗」

北京の五日間(30)

中央委員会議長 不破哲三

深夜の記者会見で


“「三つの代表」論が首脳会談で出ましたか”

 李鉄映(りてつえい)政治局委員・社会科学院院長との会食が終わって、宿舎にもどったのは、午後九時だった。だが、在北京の日本人記者団から、いくらおそくなっても、首脳会談の記者会見はその日のうちにやってほしいという、たっての、しかし道理のある要請があったので、午後九時半、北京飯店のB棟会議室で記者会見をした。

 私は、はじめに、今回の訪中の前に、中国側から、意見を交換したい「十二項目」の提案があったこと、そこに北京到着以来の一連の会談の特徴があったことを説明、そのうえで江沢民(こうたくみん)総書記との首脳会談の内容に入った。

 私の説明は、三十分あまりかかっただろうか、力を入れて説明した国際問題では、ほとんど質問が出ず(ていねいに説明しすぎた私の責任かもしれないが)、「中国共産党が私営企業家を入党させようとしているのをどう考えるか」とか、「日本共産党と朝鮮労働党との関係は、いまどうなっているのか」などの質問が続いた。

 そのなかに、「江総書記は『三つの代表』の話をしなかったか」という質問があり、私が「一言も言いませんでしたよ」と答えたら、記者のみなさんがどっと笑った。おそらく、党大会を前にした討論や、新聞紙面などでは「三つの代表」論がいつも主題になっているのに、両党会談ではその話が出なかったというところに、予想外の落差を感じての笑いではなかったか、と思う。

今回の連続会談には、これまで経験したことのない特徴があった

 ここで、読者のために、若干の解説をしておくと、「三つの代表」とは、江沢民総書記が一昨年来提起しているもので、「先進的な生産力の発展を代表する」、「先進的文化の前進を代表する」、「最も広範な人民の根本的利益を代表する」の三点を、新しい段階における党活動の基準にしようという提唱である。

 これは、中国共産党が党大会で決定する方針の問題であり、そのことが私たちとの意見交換の主題になるものでないことは、当然のことなのだが、この問答をしながら、私があらためて気づいたことがあった。

 私たちは、外国のいろいろな党と会談をやっているが、たいていは、久しぶりの会談だから、いま自分たちはこんな情勢のもとでこんな課題をめざして活動している、といった現状報告をまずしあうのが、普通である。

 ところが、今回の中国訪問では、中国側から、この種の現状報告をまとまった形で聞いたことがない。唯一の例外は、党建設の問題での交流的な会談だったが、それもお互いの活動のあり方を長い目で見て交流しあったわけで、現状報告といった性格のものではなかった。私の方も、「十二項目」の提案に応じる形で「日本の政治・経済情勢について」話すなどはしたが、それも、小泉内閣論といった種類の当面の情勢が中心ではなく、戦後半世紀をこえる全歴史を視野において、日本の政治・経済の構造的な特質を話したものだった。

 要するに、今回の会談では、おたがいの現状報告はぬきにして、日本と中国、世界が直面している、また二十一世紀に直面するであろう問題点について、首脳会談を頂点として連続的に話し合った、ということである。

 私が、党を代表する立場で、外国の諸党と会談しはじめてほぼ三十年になるが、こういう長時間の、またこういう性格の意見交換は、はじめての経験である。

 今回の訪中のこうした性格は、集まった記者のみなさんも、私が最初に「十二項目」の説明をしたあたりから、それなりに気がついていたようだった。

記者会見に見る日本の政党の比較論

 この記者会見には、一つの後日談があった。中連部の若い人が、その席に話を聞きにきていて、「たいへん感銘を受けた」と感想を述べていた、というのである。私は、興味をもったが、たまたまご当人に会う機会がなかったので、翌日、車に同乗した別の若い人に、どういう感想だったのか、聞いてみた。「記者のみなさんが、最初からリラックスしていて、笑いもある和やかな雰囲気なので、びっくりしたらしい」という答え。

 「でも、北京に来る日本の政党の代表は、みな記者会見をやるでしょ。その時、笑ったりしないのか」とさらに聞くと、「いつもはきびしく、重々しいんです」との答え。その雰囲気と、私たちの記者会見の雰囲気が、「感銘」をあたえるほど、違っていたらしい。

 案外なところで、そして思わぬ角度から、日本の政党の比較論が問題になっているんだな、と感じた次第である。(つづく)

 


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