日本共産党

2002年9月22日(日)「しんぶん赤旗」

21世紀どんな日本をつくるか

その平和戦略・経済戦略を誰が持っているか

高槻市での 不破哲三議長の演説 (大要)

日本共産党の不破哲三議長が二十日、大阪・高槻市でおこなった演説(大要)は次の通りです。


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演説する不破哲三議長=20日、大阪・高槻現代劇場

 みなさんこんばんは。日本共産党の不破哲三でございます。

 今日は、すがの悦子さんへのご支援を高槻・島本のみなさんにお願いに、駆けつけて参りました。

 すがのさんは国会で一緒に働いてきた同僚であります。どうか今度の選挙では、すがの悦子さんを高槻・島本のみなさんの代表として、国会に再び出させていただきますよう、心からお願い申し上げる次第であります。

日本の政治には、平和戦略・経済戦略がない

 さて、その国会と国政ですけれども、私はずっと日本の政治を見てきまして、何が一番足りないかを考えてきました。外交には平和の戦略がないんです。いったいアジアで日本がどう生きてゆくのかという戦略も目標もない。経済では、日本の経済をどうしたら日本の国民が幸せになるのか、この戦略も目標もない。いわば、こういう大戦略なしに、その場その場、だれかさんに言われて動いているというところに、いまの日本の政治の一番の問題がある、そのことを痛感してきたのです。

日朝首脳会談とその結果をどう見るか

 私は八月の二十六日から三十日まで中国を訪問しまして、五日間、中国の党や政府を代表する人たちと、毎日毎日話し合ってきました。

 そこで私がまず第一に提案し、主張したのは、日本とアジアが平和に生きてゆくためには、アジアの東北にある国ぐに、日本と中国と朝鮮半島の間に何の心配もいらない平和な安定した関係がつくられなければならない、ということでした。

 そういう関係は、いま東南アジアにはできています。その東南アジアの平和の関係と東北アジアの平和の関係がひとつにつながったら、本当にすばらしいアジアができるじゃないか、お互いに力を合わせようじゃないか、こういう問題をはじめとして、五日間、毎日話し合ってきました。

小泉内閣とは対決してきたが、国益にかかわる重大問題では協力する

 それで、八月三十日の夜、成田に帰ってきました。帰ってすぐ聞いたのです。今度、小泉さんと北朝鮮の金正日総書記がトップ会談をやることに決まった、と。私は、それはすばらしいことだ、歓迎だと、出迎えにきてくれた人たちにすぐ話しました。

 そのあと、小泉首相と野党の党首との党首会談がありました(九月六日)。日本共産党を代表して、志位委員長が、北朝鮮との会談を前にした小泉さんと話し合いました。そこでの様子を聞いて、ちょっと驚いたんですね。野党でも、民主党は賛成しない、自由党も正常化交渉にすぐにすすむべきではないとか、そんなところへ行って意味があるのか、そういう話ばかりだったというのです。志位さんがそこで、「私どもは、小泉内閣とは一番対決している仲だが、国益にかかわるこういう大事な問題なら、どんな協力をすることも惜しまない」と言ったら、ほかの党がびっくりしたそうです。

 しかし、共産党がそういう態度をとったことには理由があるのです。

共産党は、国交正常化のための話し合いを一貫して提唱してきた

 実は国会で、北朝鮮との交渉というこの問題を最初に取り上げたのが、一九九九年、三年前の一月の私の代表質問でした。

 みなさん覚えておられるでしょう。テポドンという北朝鮮のミサイルの騒ぎがあって、日本中がたいへんでした。私はそのときに日本もたいへん騒いでいるが、相手側がどういっているかを調べてみました。北朝鮮の方は、日本ではガイドラインという戦争の法律ができるそうだ、アメリカと日本が一緒になって北朝鮮を攻めてくるかもしれないといって、逆に大騒ぎしているんですね。日本ではテポドンがいつ撃ちこまれるかもしれないと言い、北朝鮮は、アメリカと日本が戦争をしかけてくるかもしれないと言って、大騒ぎをしている。そういう状態にありながら、日本と北朝鮮のあいだには、国交どころか、なんの交渉のルートもないのです。

 北朝鮮とのあいだには、アメリカもちゃんと交渉のルートをもっている。韓国もルートをもっている。いろいろ対立があり問題があり、論争があっても、その一方、話し合いのルート、交渉のルートはきちんともってやっているのに、日本だけが北朝鮮との話し合いのルートをもたないで、お互いに相手がいつ攻めてくるか、いつ攻めてくるかと言い合っている、これぐらい危険なことはないのです。

 だから、私は、九九年一月の代表質問で、こんな状態を切りかえて、日本も交渉ルートをもち、話し合いをしながらいろいろな問題の解決に当たれるよう、政府は踏み切るべきじゃないか、こういう提案をいたしました。

 そのとき私言ったのです。

 「北朝鮮の政権あるいは政権党が、国際社会におけるルールについて、われわれと共通の常識をもたないことは、私たちもよく知っています」

 これは、国会での発言ですから、遠慮して上品な表現にしていますが、中身は、これまで国際ルールをまもってこなかった政権だ、ということです。日本共産党は、北朝鮮から無法な攻撃をずいぶん受けて、二十年近く何の関係ももっていない。だから、北朝鮮のそういう状況をだれよりもよく知っているけれども、そうであればあるほど、交渉ルートを開いて、問題の解決をはかることが大事じゃないか、そう提案をしたのです。

植民地化の時代の清算も日本の国際的な責任

 また、次に、十一月の国会で取り上げたときには、こういうことも言いました。

 北朝鮮は朝鮮半島の北の部分、つまり、日本が三十五年間も植民地にして、その国民に大被害を与えた国です。世界には植民地をもっていた国はいろいろありました。しかし、それらの植民地はいまではみんな独立をかちとり、植民地をもっていた国は、独立した国ぐにとのあいだに、国と国との関係をちゃんともって、国際社会で活動しているではないか。ほかの国を植民地にした過去をもちながら、その過去をいまだに清算しない、国交ももたない、そんな態度でいる国は、世界で日本しかないのです。だから、そういうことも含めて、国交の正常化にむけての交渉をおこなうべきだ。拉致の問題もある、テポドンの問題もある。しかし植民地にしていた過去の清算という大問題もある。そういう時に、どちらの側であっても、“相手の方が答えをもってくるのが先だ、その解決がなければ交渉しませんよ”という態度は成り立たない、いろいろ問題があるからこそ、交渉が必要なので、すべてのことを交渉のなかで解決してゆく態度をとるべきだ、こういう提案をしました。

国会議員団訪朝、政府間交渉、そして今回の首脳会談へ

 実はこの年の一月に提案したときには、政府もほかの党も、ほとんど耳を傾けませんでした。しかし、十一月に二度目の提案をしたときには、かなり変わってきました。そのあと、元首相の社民党の村山さんが団長になって、北朝鮮に国会議員の代表団を送ることになった。それまでは、共産党に参加を呼びかけてきたことは一度もないのですが、今度は村山さん自身が、ぜひ日本共産党も代表に入ってもらいたい、と申し入れてきました。そして、不破さんが国会で提案してきたことはよく頭において、北朝鮮に行きたいと思っている、というのです。それで、参議院議員の緒方靖夫さんと衆議院議員の京都出身の穀田恵二さんと、二人が参加することになり、そこでの打ち合わせでも、だいたい私が提案してきた線のことを、代表団として申し合わせて北朝鮮に出掛けました。この国会の超党派の代表団と北朝鮮側との話し合いで、翌年一月から、政府どうしの交渉を始めましょうという段取りに、道が開かれたのでした。

 しかし、政府どうしの交渉も、なかなかうまくはすすんでいなかった。そういうときに、日本と北朝鮮、それぞれの政府の最高責任者、トップどうしが会わなければどうにもならないという時があるのです。政権の最高責任者が会って交渉することで、見通しがつけられるものなら、その中でこそ初めて見通しがつく、小泉さんと金正日総書記が、いまがそういう場合だとそれぞれ決断しあって、首脳会談の開催を決めた、こういう話ですから、私たちは、これまでの筋道からいっても、この決断を大歓迎したのです。

 今度の会談の結果ですけれども、ここでは日本側が心配していた拉致の問題、テポドンなどの問題、あるいは植民地時代の清算の問題、すべての問題をテーブルの上にのっけて国交正常化に向けて話を決めていこうじゃないか、こういうレールが敷かれました。そこで確認されたことのなかには、文章で書かれたものも、口頭での確認もあるようですが、私は、今度の合意で、国と国の関係を正常化し、まともな国交ができるようにする、それをめざして交渉をすすめるレールは、ともかく敷かれたと思います。

拉致問題など無法行為を清算できるか
 ―国際社会復帰への中心問題がここに

ともかく拉致問題での態度の転換があった

 今回の会談の結果のなかの最大の問題に、北朝鮮がこれまでやってきた国際的な無法行為の問題がありました。日本にとっては、拉致問題がきわめて重大でしたが、これもそういう国際的無法行為の一つです。北朝鮮のかかわりが問われる問題では、広くいえば、飛行機を爆破したという問題があったり、拉致問題も、韓国とのあいだにさらにたくさんの問題があると聞きます。そういう問題について、北朝鮮の側が、そんなことは知らないと口をぬぐうような態度をとらないで、無法行為があったことを認めてきちんと解決するつもりがあるかどうか、これらの問題について正すべきものは正す、こういう前向きの態度でのぞんでくるかどうか、ここに実は、日本との関係だけでなく、あの国が国際社会の一員として復帰できるかどうかの一番のカギとなる問題がありました。

 私は、今度の会談では、ここでも、ともかく重要な一歩が踏み出されたと思うんです。

 拉致事件について、今回明らかにされた事実は、あまりにも衝撃的なものでした。そのことを聞き、真実を知らされたご家族のみなさんの悲しみや怒りは、本当に想像を超えるものがあると思います。

 私たちは、会談の結果が発表されて、このことを知ったときに、すぐ厳しい抗議の態度を表明しました。また、会談の翌日、九月十八日に開かれた小泉首相と野党党首との会談の席では、会談の成果、そこに踏み切った小泉さんの決断を評価しながら、明らかにされた拉致の事実については、共産党が抗議の態度を表明したこと、また、これからの国交正常化交渉のなかで、拉致の被害者は、今回発表されたことがすべてなのか、被害者はどんな扱いを受けてきたのか、そしてこの国際犯罪の責任者はだれだったのか、北朝鮮の政府はどういう謝罪と補償をするつもりなのか、こういう問題を、国交正常化交渉のなかできちんと要求し解決してゆくべきだ、ということを述べました。

 志位さんに聞きますと、そういう問題点をいうたびに、小泉さんはうなずく。国会での小泉・志位論争とは違った状況で、道理をもって説けば、道理をもってこたえる、そういう関係があったようだとのことでした。

国交正常化交渉のなかで一連の問題の前進的な解決を

 しかし、私は、同時に、見なければいけないのは、これまで国際的な違法行為、無法行為を各方面で重ねてきた北朝鮮が――私たちは、この問題を本当にきっぱりした態度で清算する用意があるのかどうか、それがこの国が国際社会に復帰できるかどうかの最大の要だと思ってきたことは、さきほども話しましたが――、そんな無法行為などありませんでしたという従来の態度を繰り返すのではなく、それはありました、北朝鮮がやりましたと、無法行為の存在と責任を認める態度に転換したことです。

 これは、私は、先々を考えても、非常に大きなことだと思います。それは、日本の拉致の問題だけにとどまらない、国際的な一連の問題にかかわる大きさをもっています。

 北朝鮮がそういう態度で、ともかく一歩を踏み出した。小泉さんは、「先方も誠意ある態度をもって日朝間の関係改善をはかる意思を感じたので、正常化交渉の再開にふみきった」(九月十八日の党首会談で)と説明していますが、おそらくこういう点に「誠意」を見たんだと思います。

 それからまた、世界の多くの国が会談の結果を歓迎しています。これも、そういう転換の第一歩が日本と北朝鮮の会談で開かれたというところに、世界の歓迎の目が寄せられたのではないかと思います。

 私たちは、今後とも今回の会談とその結果が、朝鮮半島と私たちとの平和な関係を築く大きな一歩となるように、また日本のアジアでの平和な環境をつくりだす大きな一歩となるように、私たちはほかの分野では小泉政権と一番対決している政党でありますが、国益にかかわるこの問題に関しては努力と協力を惜しまない、そのことをここでも申し上げたいのであります。

現在の中国はまじめな話し合いのできる相手

 実は、日本と中国との関係にも同じような問題があります。

 二十一世紀に、私たちがアジアで平和に、そして隣の国ぐにと肩を並べて生きてゆくことを考えたら、中国との平和・友好の関係は決定的に大事であります。

 私は、いまの中国は、そういう問題で率直に十分話し合える相手だと思っています。

毛沢東時代の歴史問題を解決した経験のなかから

 日本共産党の私がこういうのは、特別の値打ちをもつと思います。なぜかといいますと、私たちは、いまから三十六年前の毛沢東時代に、中国側からたいへん乱暴な攻撃と干渉を受けました。それから三十二年のあいだ、中国との関係は、まったく断絶していました。そして四年前に、中国側から、自分たちが毛沢東時代に日本共産党に対してとった態度は、たいへん間違ったことであり、反省(「総括」)と是正をします、そういう態度表明があり、それをもとに、四年前の九八年六月、三十二年ぶりの党と党の関係を回復したのでした。

 そのころ、私たちに、善意からこういう助言をしてくれた人がいました。

 「日本共産党は、中国が過去の干渉の問題についてきっぱり反省しない限り、関係の回復はできないといっているようだが、そんなことを言っていたら永久に関係は結べない。あの国は自分の間違いを絶対認めない国だから」

 私たちは、もし干渉の間違いを認めないというのだったら、それはそれで仕方がない、しかし、あれだけの乱暴な攻撃・干渉をやってその間違いも認めないという相手だったら、いくら新しい関係を結んでも、そんな関係には何の値打ちもなくなるじゃないか、私たちは、そういう割り切った気持ちでいました。

 こういう点では、毛沢東時代はもちろん問題になりませんでした。そのあとのトウ小平さんの時代も、やっぱりダメでした。しかし、いまの指導部については、私は率直にいって感心しています。

 毛沢東時代の干渉というのは、中国の現在の指導部の人たちが直接関係していた問題ではないのです。あの時代には、党や政府の中枢にいるどころか、むしろ、不遇な立場におかれた人たちが多いのです。たとえば、政府の首相の朱鎔基さんは、当時は中国共産党から長く除名されていました。江沢民さんも、下部の仕事におろされている時代だったと聞きました。しかし、自分たちに直接の関係がないということですまさないで、中国共産党としては連続した責任があるわけですから、前の世代がやったことではあっても、過去の歴史を調べあげて、間違ったことは間違っている、ここは正しますということを、私たちの前できっちり表明しました。

 私はそのときに、この人たちは、誠実な、道理をもった話し合いのできる相手だということを、強く感じたのです。それからこの四年間、ずっと付き合ってきました。四年というのは、断絶していた三十二年にくらべればずいぶん短い期間ですが、その間のつきあいのなかでも、こちらが道理をもって対すれば、まじめな対応が帰ってくる、誠実に話し合える相手だということを、かさねて痛感したのです。

五日間、党・政府の代表者たちと徹底的に話し合ってきた

 それで、今度の中国訪問になったのですが、さきほど、五日間話しつづけたといいましたけれども、実際、この五日間で、党と政府の何人もの代表とのあいだで、合計すると十七時間半しゃべりました。ある日(九月二十八日)は、昼間は唐家セン外相、午後は江沢民総書記、夜は政治局の李鉄映さん(社会科学院院長)と、三回連続の会談で、この一日で六時間も話し合いました。そういうことを毎日つづけてきたのです。

 ここで、一つお話ししておきたいのは、中国の人たちが、外交や政治、経済の問題と同時に、私たち日本共産党の党活動、なかでも党支部の活動に、たいへん興味をもっていたことです。日本のように、反対の立場の政権があるところで、共産党が「支部が主役」といってがんばっている、その話を具体的にすると、本当に生きいきと耳を傾けてくれます。その席にいた若い青年は、「私もぜひ日本に行って『しんぶん赤旗』の配達に参加してみたい」、そういう感想を述べていました。こんな調子で、資本主義の国で苦労している共産党のやり方も、共産党が政権についている国なりに学び取りたい、そういう意欲もありありと感じられました。

平和な国際環境を求める中国の熱望

 そして私がとりわけ痛感したのは、いまの中国は、平和な国際環境をなによりも求めているということです。それは会うすべての人の話から感じられたことですが、戦後の中国の歴史を見ると、その気持ちは本当に痛いほどわかります。

 中国では、一九四九年に革命が勝利して、新中国が誕生しました。その翌年、まだ経済の建設にほとんど手がつかないうちに、朝鮮戦争にぶつかり、その犠牲と負担はたいへんなものでした。その戦争が終わって、経済再建の道筋をあれこれ求めているうちに始まったのが、毛沢東が起こした「文化大革命」です。これは、いまでは中国の党自身が、国民にたいへんな災難をもたらした「内乱」だとはっきり言っていますが。それが起きました。日本共産党を攻撃してきたのも、この時代でした。なんとかそこから抜け出し、中国の経済をこうやって発展させてゆこうという道筋を見つけ出し、国の大方針としたのは、ようやく十年前のことなのです。

 中国という国は、たいへん長い歴史をもつ国ですから、今後の見通しの話をするときも、モノサシが大きいのです。現在は、社会主義でもまだ「初級」の段階だ、この段階を通りぬけるのにほぼ百年かかるだろう、その中間の五十年のところで、経済の発展の度合いが、だいたい世界の「中進国」――中どころぐらいのところまで行きたい――そういう計画を立てているわけです。そういう建設を、ようやく方針も決まった、やる条件もできたといって、それにまさに取りかかっているところです。

 その時に、世界に戦争が起きたり、それに中国がまきこまれたりして、平和の環境が壊されるようなことがあったら、百年計画のおおもとが崩れます。どんなことがあっても、平和な環境をつくり、それをまもりたいという気持ちが、だれと話し合っても、言葉の節々に貫いています。

一連の会談の結論「アメリカのイラク攻撃に明確に反対する」

 ですから、アメリカとの関係でも、アメリカとの正面衝突など、できるだけしたくない、なんとか長続きのする平和な関係をつくりたいという気持ちを強くもっています。しかし、そのアメリカが、われわれから見ても、中国から見ても、世界の平和のルール、国連憲章の取り決めに反するような無法なことをやろうとするときには、これを黙って見ているわけにはゆかない。そういうことを許して、世界そのものが、国際的ルールのない、平和の道理の通らない世界になったらたいへんだという思いは、同時に強烈にあります。そういう点で、どういう外交をするべきか、本当に毎日毎日、真剣に模索しているんですね。私は、今度訪問して、その真剣な模索と探究のまっただなかに飛び込んだような気がしました。

 ですから、アメリカの国際戦略をどう見るか、というこの問題でも、北京に到着した最初の日に、戴秉国さんという、中国共産党の外交責任者の人と話し合いました。三日目には、昼、中国政府の外相の唐家センさんと話し合い、そのあとで、江沢民さん、党でも国家でも最高責任者ですが(党の総書記で国家主席)、この人と話し合いました。こうして議論を重ねるなかで、中国側が政権党として経験していること、考えていることを話し、われわれは分析していること、野党外交のなかで経験していることを話す、こうして両方の意見と経験をつきあわせ、すりあわせる話し合いを積み重ねて、江沢民さんが私との最後の会談で、「中国は、アメリカがイラクにたいし軍事攻撃を加えることには明確に反対します。国連の安保理事会の常任理事国として反対します」ということを明確に言ったのです。私は、この言明は、そういう議論を積み重ねた上でのものだけに、その重みには非常なものがあると思いました。

 このように、中国がどういう気持ちで外交にあたっているか、どうやったら世界の平和が保てるか、どうやったら中国にとっても平和な環境が保てるか、そういう探究、模索、対応を本当に真剣にやっている姿を、私は目にし、そのなかで五日間の議論をしてきたのです。

日中関係の現状には「当惑」の気持ちが

「なぜ、いま、こんなことが?」

 日本との関係でも、これはたいへん重いものがあります。日本と中国が国交を回復したのが、三十年前でした。それから、二十数年は関係は非常に順調にすすんできたように、中国のみなさんは思っていたわけです。七年前には、村山首相が、政府の首相としてはじめて、「植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々にたいして多大の損害と苦痛を与え」たことを認め、「痛切な反省」と「心からのおわびの気持ち」を表明しました(一九九五年八月十五日の村山首相談話)。これで、過去の戦争の認識にかかわる見方の違いもなくなった、それで中国の人たちは、安心したのです。

 ところが、最近になって、「歴史教科書」の問題が起きたり、首相が靖国神社に参拝したり、前の戦争は正しかったんだという声がしきりに日本から聞こえるようになった。なぜこうなってきたのか。これがいわば「当惑」の気持ちとして現れていました。「理解できない。なぜなのでしょう」、私自身、多くの人からこう聞かれました。

政権党・自民党には、もともとこういう流れがあった

 私は、この問題でも、中国で率直に話してきました。

 ――日本の自民党という党は、かつて戦争中の大臣で、一度はアメリカから、A級の戦争犯罪人であるといって逮捕された人を、党の総裁に選び、首相にした政党だ。この会場のみなさんも、岸信介という首相がいたことを覚えておられるでしょう。

 そういう政党だから、そのなかに、戦争中と同じ考えで、あの戦争は正しかったと主張する政治家がいても、不思議はない政党だ。これは、急に最近になって現れたことではない。

 ――では、なにが変わったのか。それは、こういう人たちが、以前は、表だって言えなかったことを、このごろはおおっぴらに言うようになったという変化だ。なぜか。一つは、戦争を知らない若い世代が増えたこと。これも確かにある。あの戦争を経験し、実際に日本が何をやったかを見てきた人が、国民のなかでだんだん少数になった、こういう変化による影響も確かにある。また、アメリカの注文で自衛隊が、アメリカの戦争を応援するために、インド洋にまで行けるようになった、そういう状況が、タカ派の勢力をはげまして、いよいよ乱暴な発言をさせる、こういうこともある。

「天安門事件」が日本国民に与えた影響も率直に指摘

 私は、それにくわえて、「その原因は、あなたがたの側にもあるんですよ」ということを、率直に言いました。何かと言いますと、天安門事件(一九八九年)などの影響です。

 ――天安門事件が起きたとき、あの事件の映像は、テレビで毎日毎日、流された。それを見た日本の国民のあいだで、それまでもっていた、中国にたいする温かい気持ちが、大きく冷え込んだことは間違いない。その変化にいわばつけこんで、タカ派の人たちが、「あの戦争はりっぱな戦争だった」などということまで言いだした。

 そのことを、あなたがたもよく見てほしい。こういうふうに話しても、中国側の代表たちは、反発をしないで本当に真剣に耳を傾けます。

 私はこうも言いました。

 ――私はアジアの国ぐにとの信頼関係を築いてゆく上で、過去の侵略戦争への反省が欠かせないことを、よく知っている。四年前に、三十二年ぶりに中国を訪問したときにも、今後の日本と中国の関係を築くために、「五つの原則」ということを提唱したが、その第一に、「日本は、過去の侵略戦争についてきびしく反省する」ということをあげた。そして、そういう平和と友好の関係が日本と中国のあいだに生まれるように、われわれは日本で努力する。

対政府外交と同時に、国民に目線をおいた外交を

 それにつづけて、私は、「実は、そのために、あなたがたにも、『注文』はないが『希望』がある」といって、次のような話をしました。

 ――外交にあたるときに、政府と政府との外交だけじゃなく、その国の国民に目線を置いた外交を重視してもらいたい。政府対政府なら、何かあったら、論争になったり抗議になったりする。しかし、そこで、中国がどういう考え方に立ってものを言っているのか、どこに道理があると考えて行動しているのか、そのことを相手国の国民、日本との関係だったら日本の国民に、よくわかるように説明する義務があなたがたにはあるはずだ。

 しかし、必ずしも、そのことがいつもやられているとはいえない。たとえば、瀋陽事件がそうだった。あの時に、領事館の警備のあり方が問題になったが、いったい中国はどういう考え方で警備にあたっているのか、日本と中国のあいだでどんな取り決めがあるのか、そういうことについて、日本の国民にわかるような説明を、あなたがたから聞いたことはない。だから私たちも、日本の政府の発表のなかの矛盾点をついて真相に迫るというやり方しか、できなかった。

 こういう点で、対政府外交と同時に、対国民外交というか国民世論にわかる外交を本当にやってもらいたい、と思う。

 私たちは、礼儀にかける、乱暴なことは言いませんが、内容については遠慮しない政党ですから、必要なことは全部言うのです。中国も、日本のいろいろな政党と、それも、国交回復以後をいえば、私たちよりははるかに長い期間、交流していると思いますけれども、こんなことを言う政党はないんですね。

 最後の日に会った政府の大臣は、日本の各界と本当に多面的な交流をしてきた人なのです。その人が、話し合った最後に、こう言いました。「あなたと、もっと早く会っておけば良かった」

 私はこういう対話をずっと重ねながら、考えました。

 現在の中国との交流は、まだ四年間の体験です。私は、外国との交流については、「実証主義」の精神であたることにしています。かつてのソ連のように「社会主義」「社会主義」と看板をとなえても、それだけでは信用しません。「共産党」と名乗ってもそれだけでは信用しません。自分たちが実際に会って話して、経験し、その結果がどうであるかを見る、そういうことを通じて、はじめて相手が誠実な話し合いのできる相手であるかどうかを判断する。この「実証主義」を、私は外国の政党との関係では、貫いています。

 その目で見て、いまの中国は、こちらがきちんと道理ある態度をもちさえすれば、ともに協力してアジアの平和を築いていける相手だと考えていることを、みなさんに申し上げたいと思います。

平和戦略を欠くと、最後には日本自身が痛い目にあう

 いま北朝鮮の問題、中国の問題について話してきましたが、結論的にいって、日本、中国、朝鮮半島のあいだに、東北アジアにまずしっかりした平和の関係を安定的に築いてゆかないと、日本の明日も、アジアの明日もたいへん心配になります。ですから、こういう展望をもった政治をすすめてゆくことが、本当に大事です。

 そして、こういう平和戦略をもたないでいると、結局、最後に痛い目にあうのは日本だということに、なってしまうのです。

携帯電話の場合――世界最大の中国市場に日本企業の影がない

 私はいま、たいへんな勢いで成長中の中国の経済を見て、つくづく思いました。中国はなにしろ十三億の人間がいます。日本の十倍です。だから国民一人当たりで見ると、所得の水準は世界でも相当低い方ですが、国全体、経済全体の規模になるとたいへん大きいものになるのです。

 先日、七月二十日の朝日新聞に、日本と中国の経済関係を取り上げた大特集がありました。そのなかで、ある人が、携帯電話の問題を取り上げて書いていました。

 携帯電話の普及台数はすでに一億七千万台、ところが「この二兆円を超す市場において、日本企業のシェア〔参入の割合〕は悲惨な状態だ」というのです。ノキア(フィンランド)、モトローラ(アメリカ)、サムスン(韓国)、シーメンス(ドイツ)、エリクソン(スウェーデン)、フィリップス(オランダ)と、ヨーロッパとアメリカ、それに韓国の企業だけで、「残念ながら松下もソニーも出てこない。日本企業が中国をまともな市場と見ていなかったからではないか」と書いていました。

 私はその奥には実は、もっと根本的に、日本の政府に平和戦略がない、という問題があると思います。反対に、中国の経済が大きくなると「脅威だ、脅威だ」と見る、そういう政治論を盛んに唱える。その政治論に経済界が押し流されて、ヨーロッパやアメリカの企業があんなに進出しているのに、お隣の国でありながら日本だけが立ち遅れ、市場からはみ出てしまう。これは、日本経済にとって、先を考えれば考えるほど、重大な問題だと思いました。

 実は日本の財界でも、あと二十年たったら、中国の経済力の規模は日本を超えて、世界第二位になるだろうといわれています。人口は日本のほぼ十倍ですから、経済力の規模が同じになっても一人当たりの国民所得は十分の一ですが、しかし、経済力の全体はたいへん大きなものになります。中国側は日本経済との結びつきを強化することを熱望しているのに、日本の側が受け身で、しっかりした関係を築こうとしない。そこでしっかりした関係を築けば、日本の経済にとっても、発展の大きな力となることは間違いないのですが、そういう発展をめざす戦略がない。

 私は、つくづくこの問題の重大性を感じてきました。

日本共産党の平和戦略はいま世界で定評がある

 これにたいして、自慢するわけではありませんが、日本共産党の平和戦略というのは、いま世界でも定評があるのです。私たちはいま、アジアと世界のいろんな国と関係をもち、友達を広げています。たとえば、そういう広がりのなかから、広島・長崎の原水爆禁止世界大会にも、外国の政府代表が毎年参加するようになりました。今年は、エジプトは外務次官を、マレーシアは軍縮大使を、代表として派遣してきました。原水爆禁止世界大会というと、以前は世界の平和団体の集まりだったのですが、いまでは、各国の政府の代表が参加するようになってきているんです。

 私たちは、そういう国ぐにとたいへん仲がいいのですけれど、実はエジプトでも、国内では、いろいろ歴史的な関係があって、共産党は禁止です。マレーシアでも、禁止です。しかし、「日本共産党はいい」「あの平和戦略と、どんな大国にも頭を下げない自主独立がいい」ということで、私どもの外交戦略は、世界にたいへん理解が広がっているんです。日本の国内でも理解がそれくらい広がったら、いうことないんですけれども。

経済戦略――自民党政治の三つの大失敗

 経済はどうでしょう。私は経済戦略もいまの自民党には明確なものがないと思います。

 いま、日本の財政と経済は、世界でもきわだった、特別の行き詰まりを見せています。私は、行き詰まらせた根本には、三つの大失敗がある、と言いたいのです。

年間五十兆円の公共事業はアメリカからの押しつけ

 第一の大失敗は、アメリカに押しつけられて、毎年五十兆円という途方もない公共事業にお金をつぎ込みつづけてきたこと、です。

 毎年五十兆円の公共事業、この世界に例のない逆立ち財政を、社会保障や国民生活本位に変えなければ、という話は、私たちは選挙のたびに訴えつづけてきました。

 これは、実は、アメリカに押しつけられたものなんです。一九九〇年、いまから十二年前ですが、海部内閣のときに「日米構造協議」という変な協議をやりまして、アメリカからいろいろなことを押しつけられました。その柱の一つが、十年間に四百三十兆円の公共投資をやるという協定だったのです。

 そして、その四年後、村山内閣のときに、アメリカに言われて、それを六百三十兆円にさらに増やしました。橋本内閣のとき、期限だけを十年から十三年に延ばしてもらった。だから、ちょうど一年間約五十兆円なんです。

 この年間五十兆円の公共事業は、必要であろうがなかろうが、理屈がたとうがたつまいがやる。これがアメリカへの義理立てになっているのです。

 みなさんも、たとえば目の前で関西国際空港の問題をごらんになっているでしょう。二年前の知事選挙のとき、私は応援に来ましたが、いまの知事さんの陣営は、自民党、公明党、民主党、自由党など口をそろえて、“関西空港二期工事は絶対にやる”、“これで大阪も繁栄だ”といっていました。

 私は、こんなむちゃな計画はない、と証拠をあげて批判しましたが、いまはどうですか。最近、「朝日」も「毎日」も「読売」も、第二期工事なんてバカなことはやめろ、という社説をそろって書きました。いまでは自民党の党本部自身もそういってますよ。自民党の行政改革推進本部長の太田誠一さんという方がいるのですが、昨年十一月の講演で、“日本には「三大バカ事業」がある”、第一番は本州と四国の間に三本も橋を架けたこと(本四公団)、第三番は東京湾横断道路(アクアライン)、真ん中の二番目が関西国際空港だと言いました。自民党本部の行革推進本部長が「三大バカ事業」の一つだというようなものを、府民のみなさんの税金を使い、国民の税金を使って、明々白々な矛盾があれだけ出ていても、平気で強行しようとする。いまになって、みんな、“この狭い関西に、空港が三つもあっていいのか”というのですが、これは、はじめからわかっている話でした。

 そういうことを無理やりやってきたのが、アメリカに押しつけられた毎年五十兆円の公共事業、そのために財政を世界に例のないところまでパンクさせ、国と地方の借金の残高が、国内総生産の140%にふくれあがるところまできてしまった。こんな国は世界に、日本のほかにはありません。これが第一の大失敗です。

ブッシュ言いなり、「不良債権処理」最優先で走ってきたが…

 第二の大失敗は、ブッシュ大統領に言われて、何がなんでも不良債権処理だということで、これを経済の最優先の方針にしてしまったことです。これは、いまの大不況に直接の責任のある大失敗です。

 私たちだって、不良債権を処理しないままでいつまでもかかえろとは言いません。しかし、不良債権処理が最優先だといって、どんどん中小企業をつぶす、ゆっくり時間をかけてやれば立ち直れる企業も無理やりつぶしてしまう、そういう荒療治は、この分野では絶対にだめだということを、私たちは、最初から口をすっぱくして言ってきました。しかし、小泉さんにとっては、ブッシュさんに言われたことが最優先、共産党の批判などいっさい耳を貸さないで突っ走ってきました。

 みなさん。その結果、この一年間で何が起こったか、ご存じでしょうか。不良債権を処理した額が十兆円なんです。ところが、この一年間に新しく増えた不良債権が、なんとその倍の二十兆円です。だから、差し引き十兆円の増加、去年の同じ時期に三十二兆円だった不良債権が、いまは、四十二兆円に増えているんですよ。

 景気を悪くすれば、いままで健全だった企業がどんどん不健全な企業に変わる。いままで健全な相手にお金を貸してあったはずのものが、不況が広がるなかで、不健全な「不良債権」に変わる。だからいまのやり方をやればやるほど、不良債権はなくなるどころか、増える一方です。しかも、日本経済はその打撃を受けて、暗い方へ暗い方へとすすみます。ここにも、たいへんな大失敗があります。

後先を考えない国民負担増の無責任な押しつけ

 第三の失敗は何かといいますと、財政が苦しくなると、後先を考えないで国民に負担を押しつけ、これで当座を切り抜けようとすること。これも自民党政治の悪いクセです。

 いまから五年前、橋本内閣のときに、消費税の大幅引き上げをやる、あわせて医療費の改悪をやるなどなどで、国民のみなさんに一年間になんと九兆円もの新しい負担をかぶせたことがありました。私はそのとき、国会で、これは不景気をひきおこすときびしく警告したのですが、橋本首相は、「大丈夫だ、大丈夫だ、景気が良くなり始めたから、それぐらいの力はある」といって、これを強行しました。しかし、これで、良くなり始めた景気が大逆転して、日本経済はまた落ち込みだしたのです。

 経済の中で一番大きな力は国民の消費の力、そこに九兆円もの重しを乗っけて、消費を押しつぶすわけですから、上り坂の景気が逆転してしまった。文字通りの大失敗でした。

 ところが、小泉内閣は、この景気の悪いときに、橋本さんの九兆円につぐ、膨大な国民負担増の計画をやり始めました。さきほど、すがのさんが説明されたとおりです。私どもは、小泉さんが計画している負担増は、社会保障分野だけでも、医療保険の改悪、介護保険の値上げ、年金保険、雇用保険の改悪、あわせて三兆二千四百億円と計算しました。いまのこの不景気の中で、それを国民がかぶったらたいへんです。この負担増は公務員の賃下げや所得税・住民税の各種控除の廃止などをくわえれば、もっとひどくなります。

 橋本内閣の九兆円負担増の政策は、経済が上りかけた時でも、日本経済と国民生活に大打撃を与えました。いま経済が下り坂のとき、小泉内閣は何兆円もの負担増の政策をやろうとしています。それがどんな結果を生み出すか、考えただけでも寒くなるではありませんか。

 みなさん、経済の大きな問題で、これだけの大失敗です。

 ――アメリカとの約束で五十兆円もの毎年の公共投資、考えてみると目的もわからない公共投資をずっとやりつづけ、日本を世界でも例がない借金国家にしてしまい、全国の自治体を、軒並み借金自治体にしてしまったこと。

 ――景気対策の手を打たなければいけないときに、ブッシュさんにいわれて「不良債権の処理が最優先だ」といって、景気をどんどん悪くする。しかも不良債権は大幅に増やすという、“あぶはちとらず”の政治をやってきたこと。

 ――そこへもってきて、橋本内閣で大失敗した国民負担増の政策を、経済のいちばん悪い時期に繰り返そうとしていること。

 これはどれも、国民の立場にたって、日本の経済をこうしようという経済戦略をもっていたら、絶対にやってはいけないことばかりです。こういう大失敗を何度やっても反省のない政党や政治連合には、これ以上政権をにないつづける資格はない。私は、こういう政治を変えるのが、二十一世紀という新しい世紀だと思います。

日本共産党の経済戦略は――

 私たち日本共産党は、経済戦略の面でも、国民のくらしを一番大事にして日本経済を立て直すという経済戦略をもっています。

 だから、五十兆円の公共事業にも、それはおかしい、直しなさいということを、他のどの党よりも先に、財政と経済の中心問題として提起してきました。

 ブッシュさんにいわれたからといって、不良債権処理を最優先にするようなことはやるな、このことも、それが問題になった最初の時から主張してきました。

 医療改悪を中心にした今回の国民大負担増の計画にも、まっこうからこれに反対してきました。

 そして、日本経済の根本的な立て直しについても、

 ――国の予算である以上、国民のくらしと社会保障を最優先に使うのが当たり前、そういう姿にもどそうではないかという提案、

 ――同じ資本主義国でも、ヨーロッパには国民のくらしを守り、権利を守る最低限のルールがある、せめてヨーロッパなみのルールを日本にもつくろうではないか、という提案、

 ――経済政策の全体を、国民のくらしに目線を置いた立場で、再点検しようではないかという提案、

 などにまとめて、「日本改革」の展望を示してきました。

早く「正真正銘の日本政府」をつくろう

 いま、これからの日本を考えるときに、こういうおおもとから問題をとらえて、日本経済をどうするか、本当の改革をめざさなければならないときです。

 アメリカにも、日本の現在と将来について、いろいろな見方をする人がいます。ブッシュさんと同じような人ばかりではないんですね。

 チャルマス・ジョンソンという日本通の外交専門家が、最近の本のなかで、いまのようなやり方ではだめだ、アメリカ追従から抜け出さないかぎり、日本の再生はないという忠告を寄せてきました。彼はいうのです。

 「日本は単純なうわべだけの改革を必要としているのではない。アメリカの軍事戦略上の利益よりも、自国の利益を優先させる正真正銘の政府を持たないかぎり、この国が大きな力をもつ国になることはない」

 私は核心をついたことをいうと思いました。「正真正銘の政府」。外国の戦略よりも自分の国の利益を大事にするというのは、当たり前のことでしょう。この当たり前のことが日本でやられていないから、日本には「正真正銘の政府」がないんだ。アメリカの戦略の利益よりも自国の利益を優先させる「正真正銘の政府」を早くもちなさい。こういう忠告です。忠告は、さらに続きます。

 「そのような政府ができてはじめて、中国の市場開放、朝鮮半島の展望といった近隣地域の変化から利益を得ることができるようになる。そして地域の発展を助け、アジアの中で確固とした地位を築くことができるだろう」

 これは、私が言ったことと同じ問題です。中国がいくら市場開放して、お隣に大きな市場ができても、それを日本経済発展の力にすることができないじゃないか。朝鮮半島が安定して平和な半島になっても、それを日本の発展の力にできないじゃないか。そこまで心配してくれているのです。

 この「忠告」の結びの言葉はこうでした。

 「残念ながら、そのような政府はまだ現れる気配はない」

 アメリカの研究者ですから、「気配はない」で済みます。しかし、日本に生きる私たちにとっては、それでは済まないじゃありませんか。「正真正銘の日本政府」を早くつくるよう、私たちはがんばらないといけないと思います。どうかみなさんにも、大きなご支援をお願いしたいと思います。

これからの選挙戦では、どの政党が、どんな平和戦略、どんな経済戦略をもっているかが問われる

 平和戦略、経済戦略について、いろいろ話してまいりましたが、いまは二十一世紀です。本当に百年の展望をもって、この日本がアジアと世界で、しっかり生きてゆく道筋、展望、戦略を、もたないといけない時です。

 私は今度の選挙戦でも、あるいはやがてくるだろう総選挙でも、二十一世紀にどんな日本をつくるかということが、そしてどの政党が、どういう展望を国民のみなさんに、示す力をもっているか。それが、一番問われる大問題だと思います。

 日本共産党はお金はもっていません。政権ももっていません。しかし道理の力だけで、私たちはアジア外交を展開し、このアジアにたくさんの友人をつくってきました。三十二年間断絶していた中国とのあいだでも、それこそなんでも、率直にずばりずばりとものを言える関係をつくってきました。自国の共産党を禁止している、マレーシアでもパキスタンでも、エジプトでも、インドネシアでも、私たちはたくさんの友人をつくってきました。そういう外交の戦略、それからまたどんな場合でも、日本の国民の利益を大事にする、経済の戦略、こういうものをもつと同時に、国民のみなさんと一緒に、その実現にがんばりぬくのが、日本共産党であります。

 どうかみなさん、この党に力を貸してください。そして、私どもと一緒に、本当に希望のもてる、新しい日本を二十一世紀につくるために、がんばろうじゃありませんか。

 その最初の選挙戦がこんどの補欠選挙であります。すがの悦子さんを、どうか高槻・島本、大阪十区のみなさんの代表として、国会に送っていただけますよう、心からお願いいたします。いまCS通信でごらんの大阪の他の地域のみなさんにも、この選挙のご支援を心からお願いをして、私の話を終わりたいと思います。どうも高槻のみなさん、島本のみなさん、すがのさんをよろしくお願いいたします。

 


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