日本共産党

2002年2月27日(水)「しんぶん赤旗」

『ハンセン病療養所』

冬敏之の時代

第34回多喜二・百合子賞受賞を祝う

鶴岡征雄


 冬敏之短編小説集『ハンセン病療養所』(壷中庵書房刊)が、第三十四回多喜二・百合子賞を受賞した。冬が社会復帰したのは一九六八年秋、当時三十四歳。多喜二・百合子賞が創設されたのも六八年のこと。隔離・撲滅の国の政策と闘(たたか)いながら、小説を書きつづけてきた作家・冬敏之に、遅いながらもようやく春が訪れた。

 冬の人生は、七歳でハンセン病(らい)療養所に入所して以来、絶望に彩られてきた。絶望に流されず、絶望の中から何かを生み出してきたのも冬敏之である。一昨年の十月、肝臓ガンの告知を受け、翌年の一月には手術も見送られた。なんでも好きなことをやりなさいってさ、と冬は医者にサジを投げられたと笑ってみせた。それから今度の本づくりがはじまった。

 冬が『民主文学』に発表した作品は長編小説「藤本事件」を含め二十二編、収録作品九編は難なく決まった。が、題名で時間をくった。「スズラン病棟」を「ハンセン病療養所」と改題、それを本の題名にという私の提案に冬は戸惑っていたようだ。冬は、表紙を見ただけで読者が逃げると危惧(ぐ)したのかもしれない。

 一方では、ハンセン病・国家賠償訴訟の熊本地裁判決の日が近づいていた。どう? と水を向けると、五分五分、と冬はいった。勝訴半分、敗訴半分との感触だった。

 五月十日付で本は出た。翌十一日、熊本地裁で画期的判決が下った。五分五分どころか全面勝利だった。東日本訴訟団の副代表でもある冬は、たちまち元ハンセン病作家として時の人となった。新聞、テレビにも登場、話題沸騰の極め付けは、「しんぶん赤旗」のインタビュー記事だった。「潮流」や「朝の風」にも紹介された。小説「土田さんのこと」も全文掲載され、全国から本の注文電話が殺到した。

 地方講演にも積極的に応じていた。真夏、嘉子夫人に付き添われて空路、高知へ飛んだ。岐阜県明智中学校の人権学習講演会に招かれたときは私もお供をした。冬は「人間に思いやりとやさしさを」と題して二十六年間の過酷な療養所体験を語った。冬の話を聴いた生徒たちは次々に手をあげて、「思いやりをもって生きることが大切だということがわかりました。もういじめはしません」など涙ぐましい感想を語っていた。三年の社会科の授業では、収録作品「長靴の泥」が教材となっていた。

 二月八日には、「青少年読書感想文全国コンクール」(主催・毎日新聞社ほか)の表彰式が東京会館で行われた。入賞した中学三年の佐藤美奈子さんの「絶望の中から生まれたもの」は『ハンセン病療養所』についての感想文だった。冬はひとりでは立つことすらできないほど衰弱していたが、ぜひ少女に会ってお礼がいいたいという。冬は次代をになう青少年たちに差別・偏見を繰り返さないでというメッセージを命ある限り伝えていきたいという思いで必死なのだ。

 二月二十日、病室で多喜二・百合子賞受賞式が行われた。重態であるはずの冬は、我々の心配をよそに背広に着替え、車イスに座って、信じられないほどの長舌で感謝のことばを述べ、「みなさんありがとう」としめくくった。

 冬はいま、幽明界(さかい)を異にしようとしているが、命の結晶である名編の数々は、永遠に読み継がれてゆくことだろう。(作家・壷中庵書房主)


“長い間の努力が一つに…”

受賞式での冬さんの言葉

 二月二十日におこなわれた多喜二・百合子賞の受賞式での、冬敏之さんの言葉(大要)は次のとおりです。

 今回、思いがけなく多喜二・百合子賞という名誉ある賞をいただくことができまして、心から光栄に思っております。

 私は、賞には縁のない人間でした。二十一歳のときに書いた小説で、佳作をもらったことがありますが、それ以後のことを考えると、ハンセン病というある意味では隔離された療養所のなかの、一角における文学ということで、賞をいただくにはちょっと離れすぎている、やはりそれも隔離のなかの一つと考えております。文学のなかでも差別があったわけです。

 一般社会には受け入れてもらえず今日にいたりました。残念ながらその期間は九十年になんなんとする長い間でした。今回は、はからずもハンセン病訴訟という裁判のなかで取り上げられました。病をかかえた私は、十分な活動ができませんでしたが、みなさんの力と大勢の方々の応援で裁判に勝てたことが何よりましてうれしいことでした。ありがとうございました。

 「長い間、こつこつと努力して小説を書いてきました」といえば、格好良すぎますけれど(笑い)、ほかにやることがなかったもので、それが一つにつながっていったのだと思います。

 あまり華々しい人生でも何でもなくて、ほんとうにしょぼくれた人生でしたが、みなさんに、あらためて感謝すること以外に言葉はございません。ほんとうにありがとうございました。

 


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