日本共産党

2002年2月19日(火)「しんぶん赤旗」

「鈴木宗男診療所という」

所長は説明した…

“オレたちの税金でつくったのではないかい”

色丹島訪問の山根・共産党道議にきく


 鈴木宗男自民党議員の“海外援助私物化”の代名詞になった国後島の「ムネオハウス」や、色丹島の「鈴木宗男診療所」…。その「診療所」を、昨年九月、日本共産党の山根たい子道議が、政府の「北方四島」交流事業の一環として訪問しました。「鈴木宗男診療所」という言葉は、診療所の所長が自分から話したものでした。山根道議に当時のようすを聞きました。

 交流事業は、お互いの理解を深めるというのが目的でした。

 参加した道議は私と自民党三人の計四人。自民党、民主党の国会議員が各一人で、それに一般参加者をふくめ、総勢六十五人でした。

 八月三十一日に根室で一泊し、九月一日に色丹島に向かいました。

 乗船したのは「コーラルホワイト号」で、色丹島のフルカマップという港につきました。ロシアの役人が、手続きのためにくるのに使っていた船は、日本が北方支援事業として援助した「希望丸」でした。希望丸は、日本共産党の佐々木憲昭議員がとりあげたように、根室造船という会社がつくったもので、社長は鈴木議員の政治団体の根室支部代表です。

 問題の診療所は、内科医の夫と小児科医の妻が夫妻でやっていて、夫が所長でした。

 最初に所長が、診療所の概要を説明してくれたのですが、「鈴木宗男先生の力でできた診療所」といいました。そして説明の最後に、「村人たちは鈴木宗男診療所、鈴木宗男診療所といって通院してくる」と自分から話したのです。外務省が雇っていた臨時通訳を通して、私たちはこの話を聞いたわけです。こちらから質問したわけではありません。

 このときも自民党の道議がいっしょに聞いていて当時、二回も鈴木議員の名前が出たことで、みんな不快感を示したんです。ある議員は「どういうことになっているのかね」といい、別の人は「オレたちの税金でつくったのではないかい」といったほどなんです。

 「北方墓参」にしてもこうした交流事業にしても「参加するには、鈴木後援会に入るのが一番の近道」と、当然のようにいわれています。

 鈴木議員が「北方四島」への支援事業を自分の手柄みたいに扱い、税金の私物化がいっそうはっきりしたわけで、道議会でも追及していきたいと思っています。

 


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