日本共産党

2002年2月9日(土)「しんぶん赤旗」

輝いてしなやかに

物語 男女差別裁判の40年(65)

終章 時代の流れ

男も女も人間らしく

弁護士の坂本福子さん


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この連載に登場した裁判の大半を担当した弁護士の坂本福子さん=東京・渋谷区の渋谷共同法律事務所

 「あの細い体のどこにあんなエネルギーが」。原告たちはいいます。この欄に登場した裁判の大半で弁護を担当した坂本福子さん。最初は志賀穂子さんの三十歳定年制裁判で「弁護士になって六年目でした」。女性差別裁判と歩いた三十六年の弁護士生活です。

 提訴をためらう志賀さんは、坂本さんに「あなたがしなくても、だれかがやるでしょう」といわれ、“卑きょう者といわれたような気がして”決意。いつも先生にしかられ反発心をバネにした、と。「でも私はぜんぜん覚えがないの。志賀さんはよほど私の印象がきびしかったのでしょう(笑い)」

 《権利は眠れる者を保護しない》と、その行動力は大きい。鈴鹿市役所の山本和子さん(賃金差別)が高裁で負けたときは「この事件は絶対負けられない。判決で負けても運動で勝つ」と必死でした。「組合の支援のないなか山本さんと東京中、あちこちで頭を下げて共闘を広げて」歩いた…。

 扱う事件は権利を守る組合がない職場、組合からはじかれたような女性たちが多い。志賀さんが最後の頼みの綱とかけこんだ松本善明法律事務所で当時数少ない女性弁護士として働いていたのが坂本さん。組織もない、金もない原告と、喫茶店で勉強会を開いて守る会の会員をふやし、その会費で裁判をしました。

 「裁判にたずさわりながら運動を」と強調します。「小さくても組合がちゃんとしていると違いますよ。秋田相互銀行や支払基金の原告らを支援した組合は、男女差別事件を人権の侵害と位置づけ、男性の執行部を中心に大きく取り組んだ」

 「労働者の要求を、どう法律を駆使して権利を確立していくかが弁護士の任務です。既存の法律で間に合わないときは立法を求めていく。次つぎかかる新手の攻撃には、それに対応して働く者の権利を確立できる法律を」。女性たちの運動が生み出した均等法、育児休業法の歩みもそうでした。

 女性差別撤廃条約いらい、性差別は許されないという潮流は大きく発展しました。しかし、「運動がなかったら、条約も生きないんです。労働者のたたかいはあくまで職場が基礎です。働きやすい職場をつくるために法律や条約をどう生かすか? いい条約だって国際的な労働者のたたかいがあって生まれたんですから」

 資本は巧妙です。「女性の権利裁判がしめすように、差別定年制を撤廃したら次は職場内での差別、そして不正規雇用。いま正規労働者が減少しさまざまな不正規雇用がふえています。かつて雇用形態差別は女性が圧倒的でしたが、いまは男性にも拡大しています。男も女も人間らしく生き働く社会をつくりあげていくことが重要でしょう」

 係争中の芝信用金庫、兼松、岡谷鋼機、日立などホットな裁判を担当。職務価値の立証など新しい課題も多い。「決定的なのは、こんなに差別がひどいんだとつきつけること。その実態を訴えない限りいまの裁判所はなかなか突破できません」

 リストラ、派遣の急増など逆行する流れもありますが、「日本はダメ、男性はダメよとなげいてもすすみません。世界的な連帯運動もすすんでします。男性もふくめてどう運動を構築しどう広げるかを考えすすめることです」。たたかう人権弁護士の目はいつも前をみています。

 (つづく)

 


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